
闇に咲く花~王を愛した少年~
第1章 変身
当時、同じ父を持っていても、生母が正室か側室かということだけで、生まれてきた子の地位は天と地ほども違った。庶子は一生官職にもつけず、陽の目を見ることもない。裏腹に嫡出の子は大切に扱われ、陽の当たる道を歩くことができた。
男の堂々とした挙措や人に命令し慣れた者だけが持つ雰囲気は、まさにそれだった。
男がフッと笑った。
「どこまでも抜け目のないヤツだな。確かに、そなたの疑問はもっともだ。私は何でも無駄にしない性分だ。弟がいれば、弟だって利用する。香月の存在を私は早くから知っていた。苦労した挙げ句、この見世を始めたことも。私はここを訪ねて、惜しみない援助を申し出たのさ」
「貴様、女将さんまで―実の弟まで餌食にする気か?」
実の母のように慈しんでくれた女将に対して、誠恵は親愛と敬愛を抱いている。香月を食い物にするならば、今ここで、このいけ好かない男を殺してやる。誠恵はチョゴリの袖にひそかに隠し持っていた匕首を取り出そうとした。
先刻、この男にチョゴリを脱がされた時、ひそかに忍ばせていた匕首を見つけられると一瞬ヒヤリとしたものだが、幸いにも男は気付かなかったようだ。
侮れない危険な男だと思ったが、もしかしたら買い被りすぎていただけで、たいしたことはないのかもしれない。誠恵が内心そう思った時、男の笑いが思考を中断させた。
「生憎だな。そなたの探し物は、ほれ、ここにあるぞ?」
ハッと視線を動かすと、その先にあるのは男の手に握られた匕首。
男はまるで匕首が玩具(おもちや)であるかのように片手だけで持ち、器用にくるくると回して見せた。あからさまに誠恵を挑発している。
しまった―と臍を噛んでも、もう遅い。男がいつチョゴリの袖から匕首を奪い取ったのか、誠恵には皆目掴めなかった。取ったとすれば、チョゴリを剥ぎ取られたあの一瞬に相違ない。
実に鮮やかな手並みだ。玄人の暗殺者でも、これだけの手腕を持つ男はそうそういるまい。
「私を見くびって貰っては困る。これでも、若い頃は武官に憧れて、せっせと鍛錬に励んだのだ。若い者にはまだまだ負けはせぬ」
そのやけに年寄りじみた口調がおかしくて、こんなときなのに、誠恵はクスリと笑った。
男の堂々とした挙措や人に命令し慣れた者だけが持つ雰囲気は、まさにそれだった。
男がフッと笑った。
「どこまでも抜け目のないヤツだな。確かに、そなたの疑問はもっともだ。私は何でも無駄にしない性分だ。弟がいれば、弟だって利用する。香月の存在を私は早くから知っていた。苦労した挙げ句、この見世を始めたことも。私はここを訪ねて、惜しみない援助を申し出たのさ」
「貴様、女将さんまで―実の弟まで餌食にする気か?」
実の母のように慈しんでくれた女将に対して、誠恵は親愛と敬愛を抱いている。香月を食い物にするならば、今ここで、このいけ好かない男を殺してやる。誠恵はチョゴリの袖にひそかに隠し持っていた匕首を取り出そうとした。
先刻、この男にチョゴリを脱がされた時、ひそかに忍ばせていた匕首を見つけられると一瞬ヒヤリとしたものだが、幸いにも男は気付かなかったようだ。
侮れない危険な男だと思ったが、もしかしたら買い被りすぎていただけで、たいしたことはないのかもしれない。誠恵が内心そう思った時、男の笑いが思考を中断させた。
「生憎だな。そなたの探し物は、ほれ、ここにあるぞ?」
ハッと視線を動かすと、その先にあるのは男の手に握られた匕首。
男はまるで匕首が玩具(おもちや)であるかのように片手だけで持ち、器用にくるくると回して見せた。あからさまに誠恵を挑発している。
しまった―と臍を噛んでも、もう遅い。男がいつチョゴリの袖から匕首を奪い取ったのか、誠恵には皆目掴めなかった。取ったとすれば、チョゴリを剥ぎ取られたあの一瞬に相違ない。
実に鮮やかな手並みだ。玄人の暗殺者でも、これだけの手腕を持つ男はそうそういるまい。
「私を見くびって貰っては困る。これでも、若い頃は武官に憧れて、せっせと鍛錬に励んだのだ。若い者にはまだまだ負けはせぬ」
そのやけに年寄りじみた口調がおかしくて、こんなときなのに、誠恵はクスリと笑った。
