
闇に咲く花~王を愛した少年~
第5章 闇に散る花
他の遊廓に売り飛ばされていれば、自分は今頃、とうに客を取らされ、夜毎、好色な男から男へと身体を弄ばれていたはずだ。それを思えば、十五の歳まで大切に育ててくれた香月には恩義を感じる。
が、その傍ら、香月は異母兄である領議政から手駒として使えそうな少年を探せと命じられ、誠恵を指名した。いわば、領議政だけでなく、香月もまた誠恵の宿命を大きく変えた人物だともいえる。
しかし、どういうわけか、五年間育ててくれた香月を恨む気持ちはあまりない。それはやはり、その間に香月が示してくれた情が本物であったからだろう。
五ヵ月ぶりに逢う香月は少しも変わっていない。相変わらず美しく装い、崇拝者である男たちから贈られた高価な珊瑚の耳飾りや翡翠の腕輪を幾つもじゃらじゃらとつけている。
こうして見ても、香月が男だとは誰も思いはしないだろう。凛として咲き誇る白百合のように気高い美貌である。
もっとも、月華楼の妓生たちは皆、男には見えない、いずれもが咲き匂う花のような風情のたおや女ばかりだ。少年期を過ぎて、うっすらと髭の剃り跡の残る中途半端な陰間は化け損ねた狐のように滑稽だが、彼らとは比べものにならない。
「お姐さん、ただいま帰りました」
両手を組んで目上の人に対する礼をするのに、香月はいつになく硬い表情だった。
「お帰り、待ってたよ」
両班家の奥方―と言っても通りそうなほどの気品と美しさを誇りながら、香月はひどく言葉遣いが悪い。
この綺麗な顔から、どうしてこんな汚い言葉がポンポン飛び出してくるのか判らない。初めて香月に逢った五年前、誠恵は子ども心にそう思ったものだった。
通常、遊廓の妓生たちは女将を〝お義母(かあ)さん〟と呼ぶが、何故か香月は〝お義母さん〟と呼ばれるのを嫌い、〝お姐(ねえ)さん〟と呼ばせた。香月の歳を知る者は月華楼にはいない。
二十代と言っても通りそうな若々しさではあるが、先輩の妓生からひそかに聞いた話によると、既に三十半ばを越えているそうだ。
「二階で旦那(オルシン)がお待ちだよ。翠玉、一体、あんた、何で、あんな軽はずみしたんだえ?」
〝軽はずみ〟というのが、領議政の孫誠徳君に手をかけたことを指すのはすぐに判った。
が、その傍ら、香月は異母兄である領議政から手駒として使えそうな少年を探せと命じられ、誠恵を指名した。いわば、領議政だけでなく、香月もまた誠恵の宿命を大きく変えた人物だともいえる。
しかし、どういうわけか、五年間育ててくれた香月を恨む気持ちはあまりない。それはやはり、その間に香月が示してくれた情が本物であったからだろう。
五ヵ月ぶりに逢う香月は少しも変わっていない。相変わらず美しく装い、崇拝者である男たちから贈られた高価な珊瑚の耳飾りや翡翠の腕輪を幾つもじゃらじゃらとつけている。
こうして見ても、香月が男だとは誰も思いはしないだろう。凛として咲き誇る白百合のように気高い美貌である。
もっとも、月華楼の妓生たちは皆、男には見えない、いずれもが咲き匂う花のような風情のたおや女ばかりだ。少年期を過ぎて、うっすらと髭の剃り跡の残る中途半端な陰間は化け損ねた狐のように滑稽だが、彼らとは比べものにならない。
「お姐さん、ただいま帰りました」
両手を組んで目上の人に対する礼をするのに、香月はいつになく硬い表情だった。
「お帰り、待ってたよ」
両班家の奥方―と言っても通りそうなほどの気品と美しさを誇りながら、香月はひどく言葉遣いが悪い。
この綺麗な顔から、どうしてこんな汚い言葉がポンポン飛び出してくるのか判らない。初めて香月に逢った五年前、誠恵は子ども心にそう思ったものだった。
通常、遊廓の妓生たちは女将を〝お義母(かあ)さん〟と呼ぶが、何故か香月は〝お義母さん〟と呼ばれるのを嫌い、〝お姐(ねえ)さん〟と呼ばせた。香月の歳を知る者は月華楼にはいない。
二十代と言っても通りそうな若々しさではあるが、先輩の妓生からひそかに聞いた話によると、既に三十半ばを越えているそうだ。
「二階で旦那(オルシン)がお待ちだよ。翠玉、一体、あんた、何で、あんな軽はずみしたんだえ?」
〝軽はずみ〟というのが、領議政の孫誠徳君に手をかけたことを指すのはすぐに判った。
