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闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 久しぶりに見る町は何もかもが懐かしかった。活気溢れる大通りの賑わいも、露店の主が声高に客を呼び込む声もすべてが躍動感をもって迫ってくる。
 良い匂いの流れてくる揚げ菓子を売る店の前を通り、いかにも若い娘の歓びそうな髪飾りや細々とした品を商う店の前を過ぎる。
 誠恵が身なりの良い若い娘と見た小間物屋の男は愛想良く声をかけてきたが、誠恵は笑って首を振った。
 まだ若い男で、〝今度、甘いものでも食べに行かねえか?〟と品物を売っているのか、誠恵の気を引きたいのかよく判らない話しぶりに、誠恵は曖昧に笑って通り過ぎる。
 目抜き通りの終わった四ツ辻では、大道芸人の一座が通行人に芸を披露している真っ最中だ。かしましい太鼓やシンバルの音がそこら中に響き渡るなか、まだ幼い少年が宙に張った綱の上で器用に飛び跳ねている。
 恐らく誠恵よりは幼い―、十歳にもなってないのではないか。少女とも見紛うほどの可憐さは、一歩間違えば好色な男たちの食指をそそる相違ない。
 派手な色柄の上着とズボンを身につけ、まるで地面を走るように、危なげなく綱の上を軽やかな脚取りで渡ってゆく。綱の高さは低く見ても、普通の民家の屋根よりは高い。
 少年が綱の上で一回転すると、見物客の中からどよめきが上がる。もしや落ちるのではと顔を背ける女もいた。が、少年は瞬時にピタリと鮮やかに綱の上に着地を決める。
 割れんばかりの拍手が起こり、少年は綱の上で恭しく客に向かってお辞儀した。周囲をぐるりと輪になって囲んだ見物人たちから雨のように小銭が飛び、少年は更に深々と礼ををする。
 綱渡りが終わるのを待っていたかのように、また賑やかな音楽が騒々しく鳴り渡り、今度は女面と男面を被った大人二人が楽に合わせて滑稽な躍りを舞い始めた。
 しばらく見物人に混じっていた誠恵は、再び歩き出す。
 大通りを幾つか抜け、その四ツ辻を曲がれば、遊廓が建ち並ぶ一角―いわゆる花街に差しかかり、その一つが月華楼であった。
 ここで暮らしていた時分は懐かしいと思うほどの愛着を自分が抱いているとは考えもしなかったけれど、いざ半年近くも離れていると、まるで我が家に戻ったような安堵を憶える。やはり十歳から十五歳まで、多感な思春期を暮らした場所なのだ。それは、女将の香月が遊廓の主人らしからぬ情に厚い人物で、誠恵を娘のように大切にしてくれたからでもあったろう。

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