
闇に咲く花~王を愛した少年~
第5章 闇に散る花
何の感情も宿さぬ冷たい瞳。あたかも吹雪の夜を思わせる凍えるようなまなざしが眼前にあった。
「男女、いや、この場合はそうではないが、人の情というものは実に怖ろしい。ひとたび関係を持てば、身体だけでなく心までも相手に奪われてしまうことがある。翠玉、もし私があの日、そなたを抱けば、そなたが私に余計な情を抱くかもしれぬことを私は怖れた。何も自分を買い被っているわけではない。あくまでも、可能性の話だ。殊に、お前のような純情で男を知らぬ子どもは、初めて抱かれた相手に特別な情を抱いても不思議ではない。私を慕うことによって、そなたの任務に支障を来されては困る。他の男を想いながら、別の男の気を引こうとするような器用な芸当は到底お前にはできぬであろう」
そこで、尚善は言葉を切った。
「だが(ホナ)、お前は私を裏切った。しかも、二度だ」
二度裏切った―?
その意味を計りかね、誠恵が眼を見開くと、尚善は口の端を引き上げた。やや肉厚の唇が笑みの形を象る。
「判らぬか? 一度めは国王殿下に心奪われてしまったこと、そして、二度目は世子邸下を殺そうとしたことだ」
弁解のしようもなかった。どちらも真実だったからである。
しかし、尚善は更に思いがけぬことを口にした。
「殿下に心奪われたのは良しとしよう。私のような年寄りではなく、殿下は血気盛んなお年頃、しかも男ぶりも良く、度量の広い方だ。若い娘だけでなく、同じ男でも惹かれずにはいられない。翠玉よ、私が最も怒りを憶えたのは、お前が殿下に最後まで身を任せようとしなかったにも拘わらず、殿下を心からお慕いしてしまったことだ」
「―」
誠恵は顔を上げて、尚善を見た。
漸く、彼にも尚善の言わんとすることが理解できたのだ。
刹那、尚善の双眸に危険な光が閃いた。
「判るか? 私はお前が私に要らぬ情を抱くのを怖れ、お前を抱かなかったのに、お前は抱かれもしなかった男に心を明け渡した。それが私への何よりの裏切りだ」
尚善が手を伸ばし、誠恵の頬に触れた。
「男女、いや、この場合はそうではないが、人の情というものは実に怖ろしい。ひとたび関係を持てば、身体だけでなく心までも相手に奪われてしまうことがある。翠玉、もし私があの日、そなたを抱けば、そなたが私に余計な情を抱くかもしれぬことを私は怖れた。何も自分を買い被っているわけではない。あくまでも、可能性の話だ。殊に、お前のような純情で男を知らぬ子どもは、初めて抱かれた相手に特別な情を抱いても不思議ではない。私を慕うことによって、そなたの任務に支障を来されては困る。他の男を想いながら、別の男の気を引こうとするような器用な芸当は到底お前にはできぬであろう」
そこで、尚善は言葉を切った。
「だが(ホナ)、お前は私を裏切った。しかも、二度だ」
二度裏切った―?
その意味を計りかね、誠恵が眼を見開くと、尚善は口の端を引き上げた。やや肉厚の唇が笑みの形を象る。
「判らぬか? 一度めは国王殿下に心奪われてしまったこと、そして、二度目は世子邸下を殺そうとしたことだ」
弁解のしようもなかった。どちらも真実だったからである。
しかし、尚善は更に思いがけぬことを口にした。
「殿下に心奪われたのは良しとしよう。私のような年寄りではなく、殿下は血気盛んなお年頃、しかも男ぶりも良く、度量の広い方だ。若い娘だけでなく、同じ男でも惹かれずにはいられない。翠玉よ、私が最も怒りを憶えたのは、お前が殿下に最後まで身を任せようとしなかったにも拘わらず、殿下を心からお慕いしてしまったことだ」
「―」
誠恵は顔を上げて、尚善を見た。
漸く、彼にも尚善の言わんとすることが理解できたのだ。
刹那、尚善の双眸に危険な光が閃いた。
「判るか? 私はお前が私に要らぬ情を抱くのを怖れ、お前を抱かなかったのに、お前は抱かれもしなかった男に心を明け渡した。それが私への何よりの裏切りだ」
尚善が手を伸ばし、誠恵の頬に触れた。
