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闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 あまりに烈しい情交を重ねた挙げ句、誠恵は意識を手放し、それでもまだ尚善は憑かれたように彼の身体を蹂躙し尽くした。
 尚善が部屋を出ていったのが何時なのかを、誠恵は知らない。あちこちが痛む身体を引きずるようにして階下に降りていったときには、既に冷酷な男は帰っていたのだ。
 階段を降りる途中で、月華楼の稼ぎ頭名月とすれ違った。
 二十歳を幾つか過ぎた名月は娼妓としては既に年増といえるが、その美貌と才知で多くの上客を持っている。名月はいつもは気軽に声をかけ、誠恵の頭をまるで弟にするようにくしゃくしゃと撫でてくれる。その名月が常になく沈痛な表情だった。
―姐さんも所詮は妓楼の主人だったってことだね。あんなに可愛がってたあんたを見るからに助平そうな、いけ好かない両班に抱かせるなんてさ。
 孫尚善の素姓を名月が知っているかどうかは判らなかったけれど、名月は誰に対しても好印象を与える尚善に対して例外的に嫌悪感を抱いているようだ。
 名月は売れっ妓だけあって、頭の回転も良く、人の本性を見抜く力を備えている。彼女には尚善の怖ろしいまでの冷酷な素顔がちゃんと見えているに相違ない。
 誠恵は名月に縋って泣きたかった。だが、そんなことをしても、余計に優しい名月を心配させ、哀しませてしまうだけだと判っている。黙って頭を下げた誠恵の頭を名月はいつものように撫で、励ますように肩を軽く叩いた。
 下で待っていた香月は、誠恵を抱きしめて泣いた。
―ごめんよ、ごめんよ。あたしを許しておくれ。
 香月が尚善から多額の融資を受けていることは知っている。月華楼は揚げ代も高いから、それなりの身分のある裕福な客しか登楼しないが、その分、大見世としての体面を保つにには金が要る。部屋の調度一つ取っても、両班のお屋敷にあるものに勝るとも劣らぬ瀟洒なものだ。
 それに、香月は金遣いが荒かった。良くいえば気前が良いともいえるのだが、男たちが貢いでくる金はぱっぱっと使うし、贈られた装飾品は惜しまず見世の妓たちに与えてしまう。入ってくる金も桁外れなら、出てゆく金も桁外れという案配で、実のところ、ろくに銭など月華楼にありはしない。

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