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闇に咲く花~王を愛した少年~

第1章 変身

「まるで百年も生きた年寄りのようなことを言うんだな」
 男がそのときだけはやけに感慨深げに言った。
「私は今年で五十になった。もう十分、年寄り扱いされる歳だと思うが?」
 誠恵は眼を瞠り、男の顔をまじまじと見つめた。
「どうした、私の顔に何か付いているか?」
 男―孫尚善が笑いながら問いかけてくる。
 この男の怖ろしいところは、顔が笑っていても、けして眼は笑っていないというところだ。冷えた光を宿したまなざしが射貫くように鋭い。誠恵は思わず視線を逸らした。
「いや、その、何というか、思っていたよりは歳が上だったから」
 誠恵が思わず本音を洩らすと、尚善は笑いながら頷いた。
「それは光栄なことだ。そなたほどの美少女、もとい美少年にそこまで直截に口説かれたなら、こんなときでなければ、私も容易にその気になっていただろうに、真に残念だ」
 〝その気〟というのが、誠恵と褥を共にすることだ―というくらいは判る。
 この男もまた同性を平然と抱く―衆道の気があるのだろうか。
 月華楼に連れられてきたばかりの頃は、誠恵は男と男同士が閨で男女のように睦み合うというのが到底信じられなかった。十歳のまだ男女の営みが何たるかもしかとは判らなかった幼い頃の話だ。
 深夜に父と母が裸で絡み合っているのを何度か見かけたことはあっても、具体的にどのような行為をするのかまでは知らなかったのだ。
 しかし、月華楼では、その信じられないことが日常茶飯事に行われ、成長した暁にはいずれ我が身も男娼として客を取るのだと女将に言われた。そのときは我が身が置かれた状況を受け入れられず、ひと晩中、泣いた。
 やがて自分も客を取るのだと言い渡されるまで、誠恵は月華楼が普通の妓楼で、いちばんの稼ぎ頭である名月(イオル)を初め大勢の娼妓たちが女だと信じ切っていた。
 何故、下男として雇われたはずの我が身が来る早々、少女の格好をさせられたのかは全く解せなかったものの、自分はあくまでも下男として雇われたのだと信じて疑っていなかったのだ。後から考えてみれば、そんなはずはないのに、その時、誠恵は女ばかりの廓には、たとえ幼くても男がいてはまずいのか―、だから、自分も女のなりをさせられるのかと安易に考えたのである。

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