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闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

「つまり、こういうことだな? 緑花は領議政の女だった。領議政が予の許に送り込んできたのは、自分が抱いた情婦だったということだ。そして、予は愚かにも、あの狸爺の想い者にひとめ惚れし、のぼせ上がって熱愛していたというわけだ!」
 光宗は感情の持って行き場がなかった。
 報告書を執務机に叩きつけると、両手で顔を覆った。
 世子暗殺事件の後、光宗は緑花が刺客―しかも恐らくは領議政の放った暗殺者であることを知った。何より彼女が世子の首を絞めるところを目撃しているし、彼女が領議政の回し者であれば、光宗の煎薬に毒を入れようとしたことにも納得がゆく。
 だが、光宗は緑花を信じていた。彼女は幼い誠徳君を寸でのところで殺さなかった。あれは緑花が他ならぬ光宗のために領議政を裏切ったのだと判ったが、たとえ領議政の回し者であったとしても、緑花が自分を害することないと信じていたのだ。
 両班の娘でなかったのはまだ良い。だが、領議政の女だったという事実だけは許せなかった。しかも、国王である自分をずっと拒み続けていながら、その一方で領議政との関係を妓楼で続けていたとは、実に許しがたい。
―私は殿下を心よりお慕いしております。
 光宗の腕に抱かれ、眼を潤ませて言った言葉の数々はすべて嘘だらけ、あの女にとっては、すべてが茶番で、光宗だけが躍らされていたということだ。
 全く、涙も出ない悲惨な結末ではないか。
「殿下、緑花は、いえ、それも偽名にございますが―」
 ここで柳内官はわずかに言い淀み、光宗の顔色を窺った。
「何だ、嘘八百でまんまと予を欺いたしたたかな女だ。名前が偽名であるくらいは当然であろう」
 事もなげに言ってやると、柳内官は頷いた。
「まあ、真の名などどうでもよろしうございますが、張緑花というのは正確に申しますと、領議政の女ではございません」
 そのひと言に、光宗はかすかな期待を寄せる。
「では、緑花は領議政の情人ではないと?」
 が、柳内官が言いにくそうに続けた。
「いえ、そうではありません。彼が領議政の情人であることは間違いない事実にございますが、彼は領議政の女ではなく、男なのです」「―!!」

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