テキストサイズ

闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 それでも、待ち続けねばならず、整然と整えられた夜具の傍らに端座している中にも刻はどんどん過ぎてゆく。
 良い加減に待ちくたびれた頃、漸く
「国王殿下のおなり~」
 と先触れの内官の声が響き渡り、部屋の戸が外側から開いた。部屋の前の廊下には、趙尚宮を初め、提調尚宮、女官たちが控えているのだ。ここに女官長が立ち会うのは、今宵、国王との初夜を迎える緑花が首尾良く事を済ませるのを見届けるためである。
 翌朝、その事実確認を経て、緑花はやっと国王の女と認められるのだ。
 だが、その日、わざわざ待機した女官長や趙尚宮は光宗のひと声で退散せざるを得なくなった。というのも、光宗が人払いを命じたからだ。
 光宗は部屋に入ると、大股で歩いてくる。
 誠恵は端座したまま、平伏して王を迎え入れた。
 二人きりになるのは、随分と久しぶりのような気がする。九月の初めに光宗が緑花を手籠めにしようとしたあの一件、更に世子暗殺未遂と不穏な出来事が続き、到底、逢えるような雰囲気でも状態でもなかった。
 光宗が誠恵に近寄り、跪く。手をつかえたままの誠恵の頬にそっと触れると、その手はつうっと下降して顎にかかった。顎に手を添えて持ち上げられ、光宗の顔が間近に迫る。
 逢わなかったのはひと月にも満たないのに、もう一年、いや十年も逢わなかったように思えた。
「元気にしていたか?」
 穏やかな声音で問われ、誠恵は頷いた。
「そなたに逢わなかった日々がやけに長く感じられてならぬ。まるで十年も顔を見ていなかったようだ」
 誠恵はクスリと笑みを零した。
「どうした、予が何かおかしなことを申したのか?」
 光宗は意外そうに訊ねる。
 誠恵は小さく笑み、首を振る。
「ご無礼致しました。殿下、私も今、丁度、殿下と全く同じことを考えておりましたゆえ、二人とも同じであったことがおかしかったのです」
 それを聞き、光宗も笑った。
「なるほど、予もそなたも互いを恋しく思うていたと、そういうわけだな」
 その時、唐突に光宗の顔から笑みが消えた。
「―そなたは真に心からそのように思うているのか?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ