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闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 あの男は誠恵の身体を弄びながら無慈悲にも耳許で囁いたが、誠恵は少しも尚善に情を感じてなどいなかった。あれは、ただ屈辱と苦痛だけ与えられ、身体を奪われたにすぎない行為だった。
 あの男のために動こうとはさらさら思わないけれど、冷酷な男は、誠恵が〝任務〟を完遂しない限り、しつこく近づいてくるに違いない。もう、あんな辱めを受けるのは二度とご免だ。指一本触れられたくない。
 それに、村にいる家族も気がかりだ。誠恵がこのまま〝任務〟を果たせなければ、あの蛇のような男は今度は本当に家族にまで危害を与えるかもしれない。誠恵への見せしめとして、折檻ともいえる性交を強要したのが、その何よりの証だった。
 考えてみれば、今宵はまたとない好機ではないか! こうして国王の方から近づいてきたのだ。この際、余計な情や未練はきっぱりと断ち切り、国王の生命を奪えば、それだけで誠恵は楽になれる。領議政との腐れ縁から解き放たれ、懐かしい村に帰れるのだ。
 どうせ、この男も一時の激情で自分を慰み物にしようとした卑劣漢、領議政と同じ穴の狢なのだから、ひと思いに殺してしまえば良い。この千載一遇の好機を逃せば、次があるかどうかは判らないのだ。
 抱かれてしまえば男だと露見する危険があるのは判っているから、寸前―、もしくは正体を知られたまさにその時、ひそかに隠し持った匕首で息の根を止めるだけだ。
 だが、王はいつまで経っても、誠恵を抱こうとはしない。やはり、領議政の放った刺客だと勘づかれているのだろうか。
 不意打ちを食らわされたような想いの中に、ほんの少し混じった気持ちから誠恵は敢えて眼を背けている。それは、好きなひとを寝所に迎えながらも、指先一つ男に触れられない淋しさだ。
 誠恵は、押し寄せてくるやるせない哀しみと闘った。
 光宗が手を伸ばしてきたら、彼を殺さなければならなくなるのに、どこかで期待している自分がいる。全く矛盾している話だ。
「殿下、やっと私のことを思い出して下さったのでございますね。今夜は、朝までご一緒しとうございます」
 誠恵は甘えた仕種で、王の厚い胸板にしなだれかかる。
 光宗は光宗で、緑花の様子が明らかにおかしいと感じていた。一見これまでと変わらないように見えるが、微妙に違う。

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