
闇に咲く花~王を愛した少年~
第5章 闇に散る花
「たとえ、そなたが何者であろうとも、予はそなたに逢えて良かったと心から思うている。むろん、予とて聖人君子ではない。最初は予を騙したそなたを許せぬと思ったが、どうやら、予はとことん、そなたには弱いらしい」
と、しまいは、いつものように冗談めかして言うのも変わらない。
誠恵はたまらず叫んでいた。
「殿下、お聞き下さい。私は、私は―」
流石に、そのひと言を告白するのは勇気が要った。しかし、誠恵が刺客であると知りながら、なお許そうとする光宗にはすべてを話さなければならない、いや、話すべきだと思った。
小さく息を吸い込み、ひと息に言う。
「私は女ではございませぬ、張緑花というのは仮の名で、実は男なのです」
顔が上げられなかった。恥ずかしさと罪の意識が渦巻く。自分は何と恥知らずな人間だろう。男の身で女を装い、こんな優しい男を騙し、油断させて殺そうとしていたのだ。
自分のさもしさが許せず、誠恵は涙が溢れそうだった。
「もう良い、何も言うな」
光宗の静かな声音が返った。
「でも」
誠恵が言いかけるのを、光宗がやんわりと遮る。
「予はすべてを知っている」
「私は殿下を殺そうとした大罪人なのですよ?」
「もう本当に良いのだ」
抱き寄せられ、髪に顔を埋められる。
向かい合った二人の間に置かれた蝶型の燭台の上で、蝋燭の焔が手招きするように揺らめいた。
「真の名は?」
「え―」
誠恵は光宗から身を離し、戸惑ったような表情で見つめる。
「親が付けてくれた名があるだろう」
「誠(ソン)恵(ヘ)」
漸く質問の意味を解した誠恵が応えると、光宗が頷いた。
「そうか、誠恵か。良き名だ。緑花よりもそなたには、そちらの方がふさわしい。そなたの両親はその名のように生きて欲しいと願ったのであろうな」
自分が産声を上げたときの両親の気持ちは判らないが、今の我が身はその名からはあまりに縁遠い生き方をしている。大好きな男を騙して、殺そうとして。
と、しまいは、いつものように冗談めかして言うのも変わらない。
誠恵はたまらず叫んでいた。
「殿下、お聞き下さい。私は、私は―」
流石に、そのひと言を告白するのは勇気が要った。しかし、誠恵が刺客であると知りながら、なお許そうとする光宗にはすべてを話さなければならない、いや、話すべきだと思った。
小さく息を吸い込み、ひと息に言う。
「私は女ではございませぬ、張緑花というのは仮の名で、実は男なのです」
顔が上げられなかった。恥ずかしさと罪の意識が渦巻く。自分は何と恥知らずな人間だろう。男の身で女を装い、こんな優しい男を騙し、油断させて殺そうとしていたのだ。
自分のさもしさが許せず、誠恵は涙が溢れそうだった。
「もう良い、何も言うな」
光宗の静かな声音が返った。
「でも」
誠恵が言いかけるのを、光宗がやんわりと遮る。
「予はすべてを知っている」
「私は殿下を殺そうとした大罪人なのですよ?」
「もう本当に良いのだ」
抱き寄せられ、髪に顔を埋められる。
向かい合った二人の間に置かれた蝶型の燭台の上で、蝋燭の焔が手招きするように揺らめいた。
「真の名は?」
「え―」
誠恵は光宗から身を離し、戸惑ったような表情で見つめる。
「親が付けてくれた名があるだろう」
「誠(ソン)恵(ヘ)」
漸く質問の意味を解した誠恵が応えると、光宗が頷いた。
「そうか、誠恵か。良き名だ。緑花よりもそなたには、そちらの方がふさわしい。そなたの両親はその名のように生きて欲しいと願ったのであろうな」
自分が産声を上げたときの両親の気持ちは判らないが、今の我が身はその名からはあまりに縁遠い生き方をしている。大好きな男を騙して、殺そうとして。
