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闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 私には判りません。
 あなたほどのお方が朝鮮の王としてこの世に生を受けられたのは、きっと天のご意思が働いているからでしょう。
 あなたにお逢いして、王は天が決めるものだという賢人の諺が真実であることを、私は初めて知りました。
 きっと何度生まれ変わっても、あなたは必ず聖君として民から慕われる王となられるでしょう。
 だから、せめて私は次の世では女として生まれ変わりたいと思います。
 どれほど貧しくとも、両班の娘でなくとも、少なくとも正真正銘の女人として生まれれば、今度こそ、あなたのお側にいられるでしょうから。
 さようなら、愛しい男。
 どれほどの言葉を尽くしたとしても、あなたへの私のこの想いを語り尽くせるすべはありません。
 誠恵は、しばらく光宗の寝顔を見つめ、やがて想いを振り切るように部屋を後にした。
 
 その一刻後。
 誠恵は町の目抜き通りをひた走っていた。
 東の空はまだ漸く薄明るくなってきたほどの早朝である。徐々に明るさを増す空を仰ぎ見ながら、誠恵の心は急いていた。
 宮殿を抜け出してきたのは良いが、これから先のことを考えると、見通しはあまり芳しくない。
 誠恵は少女の姿から、本来の少年に戻っていた。いや、十歳で月華楼に売られてきたときから、ずっと少女の格好をさせられていた彼は実に五年ぶりに〝男〟に戻ったということになる。
 華やかさには欠けるが、上衣とズボンという服装は女性のチマチョゴリに比べると、随分身動きしやすい。
「これはこれで悪くないな」
 誠恵は一人で呟き、慌てて周囲を見回して誰もいないことを確かめた。
 まだ朝も早い町は寝静まっており、普段は大勢の通行人が行き交う通りに面した家々も固く戸を閉ざしている。
 これからどうするかは、まだ、はっきりと決めてはいない。故郷の村に帰ることも考えたけれど、領議政は自分が村に帰ることなどお見通しだろう。もし、追っ手が放たれるとすれば、まず最初に赴くのが故郷に違いない。
 ならば、村に帰るのは、あの古狸に捕まえてくれと自ら頼んでいるようなものだ。

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