テキストサイズ

闇に咲く花~王を愛した少年~

第5章 闇に散る花

 彼は、逃げられるところまで逃げるつもりだ。あの方が王としてお歩きになられる道を、陰ながら見守っていたい―、そう願っているから、可能性がある限り、生きてみるつもりだ。
 月華楼の香月にはひとめ逢ってゆきたいが、これもまたあまりにも無謀だろう。香月は実の母のように優しくしてくれたが、結局、最後には見世を守るために孫尚善に誠恵を売り渡したのだ。一度顔を見せたら、あの男に連絡して、自分の存在を知らせるに違いない。
 とりあえずは東へ。日輪が赤々と空を染め上げて昇ってゆく方角に向かってみよう。
 当てがあるわけではなく、あまりにも行き当たりばったりな気がしないでもなかったが、太陽が昇る方に向いて進めば、何か良いことがありそうな気がしたのである。
 まずは都を一刻も早く出る。都を出さえすれば、無事逃げ切れる可能性は大きくなる。逃げ先として真っ先に眼を付けられるのが故郷だとも考えたが、実のところ、領議政ほどの大物が自分のような小物をわざわざ都から遠く離れた場所まで追ってくる意味はない。
 幾ら〝任務〟に失敗すれば殺すと脅していたからとて、都の外に一旦出てしまえば、大がかりな捜索網を張ってまで捕らえるほどの価値は誠恵にはない。口封じのためなら、誠恵が都を出れば、領議政にとっては十分のはずだ。
 誠恵がハッと顔を上げた。
 東の空の端が燃えている。
 夜の色をいまだわずかに残した黎明の空が完全に朝の色に染め上げられようとしている。
 黎明の色は、希望を抱かせる。
 たとえ、それが儚い一縷のものであったとしても。
 誠恵が輝く朝陽に眼を奪われ、見惚れていたその時、彼は背後でビュウともヒュウともつかぬ音を聞いた。まるで風の唸りような音が一瞬耳の傍を掠めたかと思ったのと、誠恵の細い身体が大きくつんのめったのは、ほぼ同時のことだった。
「国王殿下、万歳。国王殿下、万―歳」
 呟く誠恵の口からコポリと音を立てて鮮血が溢れ、飛沫(しぶき)のように周囲の地面を濡らす。
 彼の背中を一本の矢が深々と刺し貫いていた。丁度心臓のある位置を毒矢で射貫かれたのだ。
 しかも、早朝の人気が途絶えた道で、後ろから付けてくる気配は全く感じられなかった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ