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闇に咲く花~王を愛した少年~

第2章 揺れる心

 一人の若者がのんびりと往来を歩いていた。玉(ぎよく)を連れねた鍔広の帽子を被り、薄紫の衣を身に纏ったその姿はすっきりとして整った容貌をより魅力的に見せるのに役立っている。
 彼が今ゆく大路は、国王のお膝許である都の中でもとりわけ賑々しい大通りである。二年前、成年に達したと認められた若き王は親政を始め、王が即位してから続いていた大王大妃の垂簾政治は終わりを告げた。
 若い王は政に積極的な姿勢を見せ、兄の先代や先々代の父王の頃からの重臣たちの意見を尊重しつつも、自らの意見を政治に反映させようと試みている。彼がまずいちばんに取り組んだのが民の困窮をわずかでも軽減することであった。
 これまでは秋の収穫高に拘わらず、一定の年貢を取り立てていたのを、初めて収穫できた量の何割というように変えた。これは貧しい農民には熱烈な歓迎を受け、長らく不当な取り立てに苦しめられてきた民は歓呼の声を上げた。
 次に、氾濫を繰り返す国内の河川を調べさせ、大幅な治水工事を行った。工事に必要な人夫は、都に地方から流れ込んできた流浪者を使い、労働に従事する見返りに、日当として賃金を支払う。この施策は、都に溢れ返っていたゆき場のない民を救済するにも役だった。
 今、朝鮮には、若き国王光宗の即位によって、輝かしい繁栄の時代が到来している。政治の安定は、民心をも落ち着かせる。そのことを物語るかのように、都中、どこに行っても、人々の表情は生き生きと輝き町は活気に溢れ、躍動感があった。
 若者は忙しなげに行き来する人々に頓着せず、ゆっくりとした脚取りで歩いてゆく。時折立ち止まっては、満足げに周囲を眺めていた。
 と、向こうから小さな女の子が駆けてきた。五歳くらいであろうその子は庶民の娘らしく、慎ましやかないでたちをしていた。が、暮らし向きはそう悪くはない家庭で育っているようだ。質素ではあるけれど、きちんとした身なりをしていた。
「危ない」
 女の子は脇目もふらず、野兎のように疾駆している。危うく若者はその子にぶつかりそりになってしまった。
「どうしたのだ? こんな人通りの多い往来でそのように走っていては、怪我をするぞ」

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