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闇に咲く花~王を愛した少年~

第2章 揺れる心

 優しい質らしく、若者はしゃがみ込むと、幼児と同じ眼線の高さになった。
 言い聞かせるように言ってやっても、女の子は首を振るばかりだ。
「どうした、何かあったのか?」
 彼は辛抱強く訊ねる。
 しばらく肩で息をしていた女の子が漸く口を開いた。
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが大変なの」
「お姉ちゃん―? そなたの姉がいかがしたのだ」
 女の子が彼の手を掴み、引っ張る。
 どうやら付いて来いという意思表示だと判った彼は、手を引かれるままに女の子に付いて走った。
 女の子は人混みを器用にかいくぐってゆく。もっとも、上背のある彼はそういうわけにはゆかなかった。途中で何度か通行人にぶつかりそうになったが、両班の若さまらしい上等の衣服を纏う彼を見て、文句を唱える者はいなかった。この国では身分制度が何より重んじられる。極端なことを言えば、一般の民が両班に逆らうこと自体が罪とされるのだ。
 それでも、若者は律儀にぶつかった人に〝済まない、急いでいるのだ〟と謝っていた。
 女の子はやがて人混みを抜け、町外れまで彼を連れてきた。この辺りになると、商家や民家もぽつりぽつりと点在するだけで、人どころか、犬の子一匹さえ通らない。
 ちらほらと家が建つ様は、まるで、あちこち欠けた櫛の歯のようだ。家々が途切れた四ツ辻まで来ると、小さな川にゆき当たった。名も知られてはいない小さな川に、これまた小さな橋がかかっている。
 女の子が荒い息を吐きながら立ち止まり、彼に手で前方を示す。その視線の先には、人が倒れていた。丁度、橋のたもとに若い女が倒れ伏している。
 彼は急いで女の傍に駆け寄った。
「大丈夫か? おい、しっかり致せ」
 若者は女を抱え起こし、軽く身体を揺さぶってみる。しかし、女は身じろぎもせず、固く眼を瞑ったままだ。或いは、可哀想だが、既に息絶えているのかもしれない。彼は咄嗟にそう思った。都には地方から流れ込んできた貧しい民が溢れている。そうした人々は大抵、それまで暮らしていた土地では暮らしてゆけなくなり、都にゆけば何か仕事があるのではないかと当てにして来るのだ。

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