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闇に咲く花~王を愛した少年~

第2章 揺れる心

 翳を落とす長い睫、桜色のふっくらとした唇、白い膚はなめらかで、ふと、そのやわらかな頬に触れてみたいと思う。思わず見惚(みと)れていると、睫が細かく震え、娘がゆっくりと眼を見開いた。
 最初、娘は自分がどこにいるのかも判らないようだったが、直に我に返ったようだ。大きな瞳を一杯に見開いて、彼を見つめる。
 彼は、その瞳にひとめで魅了された。黒曜石のように冴え冴えとした輝きを放つ瞳に吸い込まれそうで、眩暈(めまい)すら憶える。
 やがて、その瞳に忽ち怯えが浮かんだ。
「大丈夫だ、私は、そなたに害をなす者ではない」
 彼はできるだけ優しい顔に見えることを心で祈りながら、娘に微笑みかけた。

 逞しい腕に抱き上げられた誠恵は、ゆっくりと眼を開いた。むろん、本当に気絶していたわけではなく、あくまでも気を失ったふりをしていたにすぎない。
 すべては巧妙に仕組まれた芝居だ。
 誠恵の耳奥で月華楼の女将の言葉が甦る。
―国王殿下は毎日のようにお忍びでお出かけになるそうだ。
 伴の一人も連れず町中を徘徊するなんて、何とも風変わりな国王だと思ったものだが、そのお陰で、誠恵は任務を遂行し易くなる。
 女将からは、あくまでも〝か弱い娘のふりを通すように〟と念を押されている。
 誠恵の任務とは、昨夜、領議政に命じられたとおり、国王を虜にし、その色香で彼女に惑溺させること。そして、その隙を突いて、王の生命を奪うことだ。
 まずは、この若い王の心を自分の方に惹きつけておかねばならない。
 誠恵は、精一杯、怖がっている風を装ってみた。
 案の定、王は狼狽したようだ。
「大丈夫だ、私は、そなたに害をなす者ではない」
―何とお人好しの男。
 誠恵は内心、呆れた。この様子では、この男を籠絡するのは難しくはないかもしれない。
 王が誠恵を連れていったのは、さる大きな屋敷であった。誠恵は、この屋敷の主人がそも誰であるかを知っている。月華楼の女将香月から予め予備知識として与えられていたのだ。更に、行き倒れの娘を拾った王がどこにその娘を運び込むかということまで香月は予見していた。

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