闇に咲く花~王を愛した少年~
第2章 揺れる心
「後宮の女官を喩えた言葉に、このようなものがある。人知れず咲いて散る花、と」
「人知れず咲いて散る花」
誠恵が王の言葉をなぞると、王は吐息混じりに頷く。
「何故、女官がそのように喩えられるか、そなたには判るか?」
そっと首を振る。
「後宮に仕える女官はすべて、国王のものということになる。むろん、それはあくまでも建て前上で、現実には、すべての女官が国王の妃になるわけではない。しかし、ひとたび後宮に入って女官となれば、たとえ下っ端であろうとも王の女と見なされ、生涯、宮殿を出ることは許されず、婚姻も叶わなくなる」
「誰の眼にも触れることなく、ひっそりと咲き、手折られることもなく、散ってゆく。だから、人知れず咲いて散る花なのですね」
〝そうだ〟と、王はやるせなげに頷いた。
「そなたは幾つになる?」
問われ、誠恵は素直に応えた。
「十五になります」
「十五、か。その歳で人知れず咲いて散る花になる宿命を強いられるのは、あまりにも若すぎる。緑花、私は、そなたにそのような酷いさだめを荷したくはない」
王が心から誠恵のゆく末を案じているのだとは判る。
―この男は、優しい。
誠恵の心がしきりに疼く。この優しい男を自分は騙そうとするどころか、最後には生命さえ奪おうとしているのだ。
できることなら、現実から眼を背けたかった。
だが、誠恵と家族の生命は、あの卑劣な男―領議政に握られているのだ。今更、引き返せはできない。
誠恵は、いかにも哀しげな表情になる。
「旦那さま、お聞き下さいませ。私の実家は両班とはいえ、とても貧しく、父はしがない下級官吏にすぎませんでした。それでも、まだ父が生きていた頃は良かったのです。慎ましくしていれば、一家五人、何とか暮らしてゆくことはできました。でも、父が病で亡くなり、私たちは寄る辺を失い、その日食べる米にさえ事欠く有様となってしまいました。幼い弟や妹たちは腹が空いたと一日中泣きっ放しで、私は、そんな弟妹を見ていられず、母に自分から進んで妓生(キーセン)になると告げたのです」
「人知れず咲いて散る花」
誠恵が王の言葉をなぞると、王は吐息混じりに頷く。
「何故、女官がそのように喩えられるか、そなたには判るか?」
そっと首を振る。
「後宮に仕える女官はすべて、国王のものということになる。むろん、それはあくまでも建て前上で、現実には、すべての女官が国王の妃になるわけではない。しかし、ひとたび後宮に入って女官となれば、たとえ下っ端であろうとも王の女と見なされ、生涯、宮殿を出ることは許されず、婚姻も叶わなくなる」
「誰の眼にも触れることなく、ひっそりと咲き、手折られることもなく、散ってゆく。だから、人知れず咲いて散る花なのですね」
〝そうだ〟と、王はやるせなげに頷いた。
「そなたは幾つになる?」
問われ、誠恵は素直に応えた。
「十五になります」
「十五、か。その歳で人知れず咲いて散る花になる宿命を強いられるのは、あまりにも若すぎる。緑花、私は、そなたにそのような酷いさだめを荷したくはない」
王が心から誠恵のゆく末を案じているのだとは判る。
―この男は、優しい。
誠恵の心がしきりに疼く。この優しい男を自分は騙そうとするどころか、最後には生命さえ奪おうとしているのだ。
できることなら、現実から眼を背けたかった。
だが、誠恵と家族の生命は、あの卑劣な男―領議政に握られているのだ。今更、引き返せはできない。
誠恵は、いかにも哀しげな表情になる。
「旦那さま、お聞き下さいませ。私の実家は両班とはいえ、とても貧しく、父はしがない下級官吏にすぎませんでした。それでも、まだ父が生きていた頃は良かったのです。慎ましくしていれば、一家五人、何とか暮らしてゆくことはできました。でも、父が病で亡くなり、私たちは寄る辺を失い、その日食べる米にさえ事欠く有様となってしまいました。幼い弟や妹たちは腹が空いたと一日中泣きっ放しで、私は、そんな弟妹を見ていられず、母に自分から進んで妓生(キーセン)になると告げたのです」