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闇に咲く花~王を愛した少年~

第1章 変身

 その事実に改めて思い至り、少女の白い面に朱が散った。
 その時、初めて客の口からホウという軽い息が洩れた。
「愕いた。こうして証をこの眼で見るまでは、私も到底、そなたが男であるとは信じられなかった」
 男が燭台に近寄り、焔を大きくした。
 灯火に照らし出された少女、いや少年の上半身には、その年頃の女人であれば当然あるはずの胸のふくらみは存在しなかった。
「月華楼が表向きは高級娼妓を抱かせる見世として営業しながら、その実、その娼妓たちが女と見紛うほどの美男だという噂が流れている。そのことをよく知っているはずの私でさえ、これまでこの廓の妓生(キーセン)を抱いたことはなかったから、信じられなかったが、どうやら、その噂は真のようだな」
 男は少年のつるりとした平らな胸を見て、言う。その口調には何の感慨もこもってはいなかった。
 そう、月華楼に住まう女たちは皆、見かけだけは女でも正体は正真正銘の男なのだ。売れっ妓(こ)として名を馳せる名月を初め、走り遣いの少女から果ては、あだな中年増の女将までもが実は男だと知れば、世の人は皆、腰を抜かさんばかりに仰天するだろう。
 月華楼には男のなりをした男は一人もいない。
 もっとも、都でひそかに流れているその噂を端から信ずる者など、いはしない。が、その手の噂というものは否定する者がいる一方で、真しやかに語られてゆくものだ。ゆえに、月華楼には時折、そんな噂を鵜呑みにした輩が下卑た好奇心だけで登楼することがある。女将は、そういった手合いは幾ら金を積まれても相手にしようとはせず、門前払いを喰らわせるのが常であった。
 女将は生まれこそ両班(ヤンバン)の家門ではあったものの、生母は側室どころか下女であったため、庶子としてすら父親に認知して貰えず、母親と共に幼い中(うち)に屋敷を追い出された。不遇な境涯に生い立ったからこそ、見世の娼妓たちの悲哀も理解できたし、娼妓を売り物としてしか見ない妓楼の主人が多い中では比較的良心的でもあり、情け深くもあった。

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