闇に咲く花~王を愛した少年~
第1章 変身
元々、病気がちであった母と自分の糊口を凌ぐために、街頭で男の袖を引いたのが見世の始まりであった。少年であった女将は我が身をひさいで得たわずかばかりの金で母親と生活し、後に年寄りの裕福な商人の囲われ者となった。旦那の死後は、手切れ金代わりとしてその遺族から得た金を元手に見世を始めた。それが、月華楼の始まりである。
平たくいえば、月華楼は男娼がひしめく色子宿なのだが、娼妓たちは皆、女のなりを装い、表向きは通常の妓楼と変わらぬ体で通っている。
あられもない姿のまま、少年は男の強い視線に晒され続けている。
「私にそういう趣味があったとしたら―、いや、なくても、そなたをこの場に押し倒したいと思わずにはいられない。それほどまでに、そなたは美しく瑞々しい」
男の声が先刻までとは違って、やや掠れていた。ほどなく、少年の前に色鮮やかなチョゴリが無造作に放り投げてよこされた。
少年が弾かれたように顔を上げると、男が初めて笑った。
「もう良い、着ろ。いつまでも、そのような姿でいられては眼の毒というものだ」
その時、少年は漸く男の貌を間近に見ることができた。くっきりとした双眸は炯々とした光を放っており、笑うと眼尻に細かな皺が寄る。
髪にも白いものがちらちほらと混じっており、予想外にこの男が歳を取っているのを知った。だが、膚には十分な張りが漲っており、若々しい。三十代後半といっても通るし、或いは五十をとっくに越えているといっても、おかしくはない。年齢不詳に見えることが余計にこの男を謎めいて見せている。
「折角の機会を逃すのは男としては真に残念だが、そなたには私の敵娼(あいかた)になる以外に、もっとして貰いたい重大な任務があるものでな」
男は淡々とした口調で言い、懐からおもむろに一冊の本を取り出した。随分とうすっぺらい書物のようだ。
その書物がふいに眼の前に飛んできて、少年は眼を見開いた。
「そなたの名は?」
「―翠(チユイ)玉(オク)」
短く応えると、男が声を上げて笑う。
「何と、遊女風情が翠玉とは、何ともまた大層な名前であることよ。されど、それが真の名ではなかろう。親が付けた名は何というのだ」
平たくいえば、月華楼は男娼がひしめく色子宿なのだが、娼妓たちは皆、女のなりを装い、表向きは通常の妓楼と変わらぬ体で通っている。
あられもない姿のまま、少年は男の強い視線に晒され続けている。
「私にそういう趣味があったとしたら―、いや、なくても、そなたをこの場に押し倒したいと思わずにはいられない。それほどまでに、そなたは美しく瑞々しい」
男の声が先刻までとは違って、やや掠れていた。ほどなく、少年の前に色鮮やかなチョゴリが無造作に放り投げてよこされた。
少年が弾かれたように顔を上げると、男が初めて笑った。
「もう良い、着ろ。いつまでも、そのような姿でいられては眼の毒というものだ」
その時、少年は漸く男の貌を間近に見ることができた。くっきりとした双眸は炯々とした光を放っており、笑うと眼尻に細かな皺が寄る。
髪にも白いものがちらちほらと混じっており、予想外にこの男が歳を取っているのを知った。だが、膚には十分な張りが漲っており、若々しい。三十代後半といっても通るし、或いは五十をとっくに越えているといっても、おかしくはない。年齢不詳に見えることが余計にこの男を謎めいて見せている。
「折角の機会を逃すのは男としては真に残念だが、そなたには私の敵娼(あいかた)になる以外に、もっとして貰いたい重大な任務があるものでな」
男は淡々とした口調で言い、懐からおもむろに一冊の本を取り出した。随分とうすっぺらい書物のようだ。
その書物がふいに眼の前に飛んできて、少年は眼を見開いた。
「そなたの名は?」
「―翠(チユイ)玉(オク)」
短く応えると、男が声を上げて笑う。
「何と、遊女風情が翠玉とは、何ともまた大層な名前であることよ。されど、それが真の名ではなかろう。親が付けた名は何というのだ」