
闇に咲く花~王を愛した少年~
第2章 揺れる心
「このような場所にいらっしゃるとは存じませず、大変なご無礼を致しました。どうぞお許し下さいませ」
顔を上げようともせず震えていると、ほどなく間近で王の声が聞こえた。
「緑花」
誠恵は弾かれたように面を上げた。
互いの呼吸さえ聞こえるほど近くに、王がひっそりと立っている。あまりの畏れ多さに、誠恵は更に動転して顔を伏せる。
「久しぶりであったな。宮殿の暮らしに少しは慣れたか?」
誠恵は唇をわななかせ、震える声で言った。あの日、町で出逢った青年が国王であったと、今初めて知ったのだと相手に思わせるために、大袈裟に愕いて見せる。
「あまりに畏れ多いことにございます。よもや、私をお助け下さったお方が国王殿下でいらっしゃるとは、考えてみたこともございませんでした。知らぬこととは申せ、ご無礼の数々をどうか平にご容赦下さいませ」
「何を申すのだ。私が勝手に名乗らなかっただけのことだ。そなたが悪いのではない」
光宗は優しい笑みを浮かべると、誠恵の手を取る。
刹那、触れられた箇所に雷(いかづち)が走ったような気がして、誠恵は慌てて手を引っ込めた。
そんな誠恵を見て、光宗が笑う。
「緑花は随分と恥ずかしがり屋なのだな。こちらに来てみぬか、水面に映った月が殊の外、美しい」
手招きされ、四阿に脚を踏み入れた。
確かに美しい眺めであった。月光を反射した水面が漣立つ様は、まるで金や銀の波を見ているかのようだ。その煌めく池の鏡に映るのは、ふっくらとした月。
光宗は誠恵に背を向け、独りごちる。
「不思議なものだ。月は天にあっても、地にあっても、美しい。人は美しいものに憧れるが、月だけはたとえどこにあろうと、人が手にすることはできない」
「殿下、月が地にあるというのは、水面に映る月のことにございましょうか?」
背後から誠恵が控えめに言うと、光宗は頷いた。
「はやり、そなたは賢いな。大抵の者であれば、予の先刻の言葉の意味を解しかねると思うが」
「畏れ多い(ハンゴン)ことに(ハオ)ござい(ニダ)ます」
頬を染めてうつむくのに、光宗は眼を細める。
顔を上げようともせず震えていると、ほどなく間近で王の声が聞こえた。
「緑花」
誠恵は弾かれたように面を上げた。
互いの呼吸さえ聞こえるほど近くに、王がひっそりと立っている。あまりの畏れ多さに、誠恵は更に動転して顔を伏せる。
「久しぶりであったな。宮殿の暮らしに少しは慣れたか?」
誠恵は唇をわななかせ、震える声で言った。あの日、町で出逢った青年が国王であったと、今初めて知ったのだと相手に思わせるために、大袈裟に愕いて見せる。
「あまりに畏れ多いことにございます。よもや、私をお助け下さったお方が国王殿下でいらっしゃるとは、考えてみたこともございませんでした。知らぬこととは申せ、ご無礼の数々をどうか平にご容赦下さいませ」
「何を申すのだ。私が勝手に名乗らなかっただけのことだ。そなたが悪いのではない」
光宗は優しい笑みを浮かべると、誠恵の手を取る。
刹那、触れられた箇所に雷(いかづち)が走ったような気がして、誠恵は慌てて手を引っ込めた。
そんな誠恵を見て、光宗が笑う。
「緑花は随分と恥ずかしがり屋なのだな。こちらに来てみぬか、水面に映った月が殊の外、美しい」
手招きされ、四阿に脚を踏み入れた。
確かに美しい眺めであった。月光を反射した水面が漣立つ様は、まるで金や銀の波を見ているかのようだ。その煌めく池の鏡に映るのは、ふっくらとした月。
光宗は誠恵に背を向け、独りごちる。
「不思議なものだ。月は天にあっても、地にあっても、美しい。人は美しいものに憧れるが、月だけはたとえどこにあろうと、人が手にすることはできない」
「殿下、月が地にあるというのは、水面に映る月のことにございましょうか?」
背後から誠恵が控えめに言うと、光宗は頷いた。
「はやり、そなたは賢いな。大抵の者であれば、予の先刻の言葉の意味を解しかねると思うが」
「畏れ多い(ハンゴン)ことに(ハオ)ござい(ニダ)ます」
頬を染めてうつむくのに、光宗は眼を細める。
