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闇に咲く花~王を愛した少年~

第2章 揺れる心

 二人の逢瀬は、ほぼ毎夜のように続いた。或るときは無人の殿舎の一室で、或るときは庭園の池に面した四阿で、忍び逢いはひそやかに熱く重ねられた。光宗には中殿はむろん、側室の一人もいなかったため、後宮の殿舎は空いているところが多かった。人気のない空き部屋で、二人は狂おしく唇を重ね合った。
 幾ら当人同士が内密しておこうと、こうした噂はすぐに広まるものである。誠恵が女官として上がってからひと月が経つ中には、既に誠恵が国王殿下のお手つきであることは後宮はおろか、宮殿中にひろまっていた。
 ある夜、誠恵は一日の仕事を終え、いつものようにそっと自室を抜け出した。
 いつも待ち合わせる場所までいそいそと翔るように急ぐ。
 そこは後宮の殿舎の一つで、先代永宗の時代には貴人の位にあった妃に与えられていた。現在は空いており、住む人とておらぬ淋しい様相を呈している。
 両開きになった扉越しに、淡い明かりが洩れている。
 誠恵は周囲に人気がないのを確かめてから、用心して音を立てぬよう扉を開け中にすべり込んだ。
「おいでになっていらっしゃったのですね」
 大抵、光宗の方が先に来て待っていることが多い。誠恵は女官としての仕事をすべて終え、一旦自分の部屋に戻る。更に刻を経て周囲が寝静まったのを見届けた後、人眼を忍んで来るのだ。必然的に遅くなるのは、どうしようもない。
「今宵は、もう来ぬのかと思い、よほど予の方からそなたの許に訪ねてゆこうかと思ったぞ?」
 冗談半分、本気半分といった様子の王に、誠恵は頬を膨らませた。
「酷(ひど)い、殿下がそのような意地悪を仰るとは、今日の今日まで私も存じ上げませんでした」
 と、王は破顔する。
「戯れ言などではないぞ。本気も本気、恋しいそなたの顔を見たさに、そなたの部屋に忍んでゆこうと思うていた」
 刹那、誠恵は狼狽えた。
「なりませぬ、そのようなこと、絶対になさってはなりませぬ。誰かに見つかったら、大変なことになります」
「どうして? 予がそなたを寵愛していることは、既に知らぬ者がおらぬらしいではないか」
 誠恵は唇を噛み、うつむいた。

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