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闇に咲く花~王を愛した少年~

第2章 揺れる心

それでも、私は嫌でございます。噂はあくまでも噂にすぎませぬが、現場を実際に他人(ひと)に見られるのとは違います」
「判った、判った。先刻の言葉は、そなたがどんな顔をするかと思うて、口にしてみただけのことだ。そなたが予に部屋に来て欲しくないと申すのであれば、予はゆかぬ」
「―殿下の意地悪」
 誠恵は王を軽く睨んだ。そんな誠恵を見、王は愉快そうに声を上げて笑う。
 シッと、誠恵が人さし指を唇に当てた。
「あまりにお声が大きくては、他人に気付かれまする」
 これには光宗は露骨に憮然とした表情になった。
「全く、あれも駄目、これも駄目。そなたは人眼に立つことを必要以上に気にするが、別に予は誰に見られたとて、一向に構わぬ」
「殿下と私とでは立場が違います。殿方には一時の戯れの恋でも、私は真剣にございます」
 誠恵が訴えると、光宗がつと手を伸ばし、誠恵の手を掴んだ。
「面倒な理屈や話はもう良い」
 引き寄せられ、王の逞しい胸に倒れ込む。
「予はこれ以上、我慢ができぬ。誠恵、今宵こそ、予のものになれ」
 誠恵が小さな手で王の厚い胸板を押し返した。元々、誠恵は少年にしては身の丈も高い方ではない。身体つきも細く華奢で、〝可憐な少女〟になり切るのは造作もなかった。
「なりませぬ、殿方のお心は秋の空のように変わりやすいものにございます」
「何ゆえだ、今のままで身を任せるのは心許ないのか、将来が見えず、不安だと? そなたは先刻、予が戯れでそなたとこうして忍び逢っていると申したな。だが、それは酷い誤解だ。そなたと同じだけ真剣に、いや、恐らく、予のそなたへの想いは、そなた以上に強いであろう。誠恵、これだけは信じて欲しい。予は遊びや気紛れでそなたに近づいているわけではない」
 王はしばらく考え込み、勢い込んで言った。
「それでは、そなたにふさわしい位階を与えよう。いきなり嬪に叙すことはできぬが、まずは淑媛(スゥクオン)に任じ、いずれ、そなたが予の子を生んだ暁には最高位の嬪の位を与えると今、ここで約束しよう。それならば、そなたも安心して、予に抱かれる気になるのではないか」
 王がもう待てないとばかりに再び抱き寄せようとする。誠恵は、するりと身を交わして逃げた。

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