闇に咲く花~王を愛した少年~
第2章 揺れる心
「殿下、私が申し上げているのは、そのようなことではございませぬ」
光宗が虚を突かれた表情で誠恵を見返す。
「では、そなたは何を望むというのだ、やはり、下位の淑媛では不満だと申すのか」
「私は殿下のお心さえ頂ければ、それで十分にございます。嬪の位階も何も要りませぬ。ただ、堂々と殿下のご寵愛を賜りたいのでございます」
「そなた―、何が言いたい? 確かに妃の中では淑媛は下級の地位にすぎぬが、幾ら国王たる予でも端からそなたを高位の妃にしてはやれぬ」
かすかな苛立ちが王の声音にこもる。
誠恵は潤んだ瞳で王を見上げた。この眼で見つめることが、この若い王の心をどれだけ動かすかを、彼女はよく心得ている。
「いいえ、先ほども申しましたように、私は妃としての地位も側室としての立場も望みませぬ。殿下、私が心より願うのは、心からお慕いするお方とこうして夜中に人眼を忍んでお逢いするのではなく、昼間堂々とお逢いすることなのです」
「そのためには、そなたが正式な側室となるのが一番であろう」
王が真意を計りかねるといったように首を傾けた。
誠恵はありったけの想いを込めた瞳で見上げる。
「私を邪魔者だと仰るお方がおられると噂に聞きました」
「伯父上のことか」
左議政孔賢明は、自分をけして良く思ってはいない。―どころか、十九歳の青年国王をその色香で惑わす妖婦だと敵視し、事あれば遠ざけるように光宗に進言していることも知っている。
宮殿は広いようでも、その手の噂は野火が燃え広がるよりも早く広がるものだ。殊に、後宮の女官たちの間では独自の情報網があり、政治向きのことから同じ後宮内の出来事まで、口から口へとひそやかに伝わる。昨日起きたばかりの出来事が翌朝には、もう後宮中にひろまっているという案配だ。誠恵と光宗の烈しい恋もまた同じようにして忽ちにして人々の知るところとなった。
「左議政さまは、私が殿下をたぶらかす女狐だと仰せだとか」
誠恵がいかにも哀しげな声音を作ると、光宗の大きな手のひらがそっとその背を撫でた。
光宗が虚を突かれた表情で誠恵を見返す。
「では、そなたは何を望むというのだ、やはり、下位の淑媛では不満だと申すのか」
「私は殿下のお心さえ頂ければ、それで十分にございます。嬪の位階も何も要りませぬ。ただ、堂々と殿下のご寵愛を賜りたいのでございます」
「そなた―、何が言いたい? 確かに妃の中では淑媛は下級の地位にすぎぬが、幾ら国王たる予でも端からそなたを高位の妃にしてはやれぬ」
かすかな苛立ちが王の声音にこもる。
誠恵は潤んだ瞳で王を見上げた。この眼で見つめることが、この若い王の心をどれだけ動かすかを、彼女はよく心得ている。
「いいえ、先ほども申しましたように、私は妃としての地位も側室としての立場も望みませぬ。殿下、私が心より願うのは、心からお慕いするお方とこうして夜中に人眼を忍んでお逢いするのではなく、昼間堂々とお逢いすることなのです」
「そのためには、そなたが正式な側室となるのが一番であろう」
王が真意を計りかねるといったように首を傾けた。
誠恵はありったけの想いを込めた瞳で見上げる。
「私を邪魔者だと仰るお方がおられると噂に聞きました」
「伯父上のことか」
左議政孔賢明は、自分をけして良く思ってはいない。―どころか、十九歳の青年国王をその色香で惑わす妖婦だと敵視し、事あれば遠ざけるように光宗に進言していることも知っている。
宮殿は広いようでも、その手の噂は野火が燃え広がるよりも早く広がるものだ。殊に、後宮の女官たちの間では独自の情報網があり、政治向きのことから同じ後宮内の出来事まで、口から口へとひそやかに伝わる。昨日起きたばかりの出来事が翌朝には、もう後宮中にひろまっているという案配だ。誠恵と光宗の烈しい恋もまた同じようにして忽ちにして人々の知るところとなった。
「左議政さまは、私が殿下をたぶらかす女狐だと仰せだとか」
誠恵がいかにも哀しげな声音を作ると、光宗の大きな手のひらがそっとその背を撫でた。