テキストサイズ

闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 誠恵はけして、光宗に口づけ以上を許そうとはしなかった。若い王は、それを純粋な少女の恥じらいと受け取り、むやみに先へ急ごうとはしなかった。光宗がどこまでも思いやり深く紳士的であったことが、結局は誠恵の企みを上手く進めることになったのである。
 月日は流れ、誠恵が女官として後宮に上がってから、二月(ふたつき)が経った。
 その日の昼下がり、誠恵は薬房にいた。幸いにも、薬房には人影は見当たらず、尚(サン)薬(ヤク)や医女の姿もなかった。ちなみに尚薬というのは内官(ネガン)(宦官)であり、内侍(ネシ)府(フ)に所属する。判りやすくいえば、宮中においての医術、医務を担当する部署であり、尚薬は医者に相当した。
 この時間帯に薬房の人手が出払っていることは、予め調査済みである。が、万が一ということもあるゆえ、できるだけ急いで目的を済まさねばならない。
 誠恵は視線を動かした。片隅には火に掛けられた小さな土瓶がある。既に中身は煮え立っているらしく、蓋代わりに被せられた布を通して白い湯気がしきりに立ち上っていた。
 この鍋の中身がそも何であるかを、誠恵は知っている。国王が昼食後に服用する煎薬だ。
 若く健康な光宗には悪いところなど一つとしてないのだが、左議政孔賢明は光宗の健康には殊の外気を遣った。三度の食事の後には必ず強壮に効果があるという薬を煎じて服用するように勧めていた。
 いつだったか、王自身が笑いながら語っていたことがある。
―伯父上は予の身体を丈夫にするというよりは、予に一日も早く妃を迎えさせたくてならないらしい。あの薬を呑んだ予が血気に逸って、女官の一人でも押し倒さぬかと期待しておるのだ。さりながら、あの妙薬もどれほどの効能があるのやら、怪しいな。もし、本当に効果があるというなら、予はとうに逸る心に負けて、そなたに襲いかかっていただろう。
 賢明には三人の息子と二人の娘がいる。長女は二十二歳で既に嫁いでいるが、次女は十七歳で、まだ決まった相手もいない。賢明がこの二番目の娘を光宗の中殿にと野心を燃やしていることは周知の事実だが、当の光宗自身がそれを頑なに拒み続けているのだった。
 その時、誠恵は十五歳の少女らしく、頬をうっすらと染めて、いかにも恥ずかしげにうつむいた。そんな彼女を王は〝可愛い奴だ〟と、愛しげに眺めていたものだった―。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ