
闇に咲く花~王を愛した少年~
第3章 陰謀
柳内官は、尚薬を務める内官と親しく、この薬房にも頻繁に出入りしている。
しまったと、後悔しても今更、遅かった。尚薬や医女の出入り時間は頭に叩き込んでいたのに、この部外者である柳内官のことまでは考えていなかったのだ。
「張(チヤン)女官(ナイン)、そなたが今どき、ここに何の用がるのだ?」
大抵の男は―それが男根を切り取った内官であるとしても―、誠恵の可憐な微笑みを眼にしただけで、警戒心を解き、その笑顔に魅了された。しかし、この柳内官だけは、その女としての魅力を武器にできない唯一の男であった。
案の定、柳内官は誠恵の笑顔にいささかも動ずることなく、眉一つ動かさない。
「趙尚(チヨンサン)宮さま(グンマーマ)が朝からずっと頭痛がすると仰って、お薬を頂きにきたの」
可愛らしい声で応えると、柳内官は眉をわずかに顰めた。
「だが、薬房に入って、勝手に薬を探して良いということにはならぬだろう。尚薬どのの許可を得た上でのことなのか?」
誠恵は困ったような表情で周囲を一瞥した。部屋の隅の薬種棚にはありとあらゆる薬の入った壺が所狭しと置かれ、天井からは日干しにした薬草が隙間なくぶら下がっている。
「ごめんなさい。趙尚宮さまがあまりにお苦しみでいらしたので、そこまで気が回らなくて。今度からは気をつけるわ。とこで、柳内官、肝心の頭痛に効く薬を頂けないかしら」
柳内官はまだ疑いの眼で見ながらも、棚から一つの壺を取り、幾らか薬を分けてくれた。
「ありがとう」
誠恵は紙に包まれた薬を渡されると、逃げるように薬房を出た。
どうも、あの若い内官は苦手だ。誠恵は帰る道々、柳内官の整った貌を思い出していた。内官といえば、男性機能を失ったということで、色白ののっぺりとした中性的な風貌を想像しがちだが、実際には、そうではない。
尚薬にしても、柳内官にしても、浅黒い膚の比較的精悍な面立ちで、なよなよしたところは全くなかった。むしろ、ろくに刀一つ持ったことのない軟弱な両班などよりは、よほど逞しく男らしかった。
王の女として恋愛も結婚も禁じられている女官ではあるが、内官に熱を上げるのだけは大目に見られていて、とりわけこの柳内官は若い女官たちの間では絶大な人気を誇ってい
る。
しまったと、後悔しても今更、遅かった。尚薬や医女の出入り時間は頭に叩き込んでいたのに、この部外者である柳内官のことまでは考えていなかったのだ。
「張(チヤン)女官(ナイン)、そなたが今どき、ここに何の用がるのだ?」
大抵の男は―それが男根を切り取った内官であるとしても―、誠恵の可憐な微笑みを眼にしただけで、警戒心を解き、その笑顔に魅了された。しかし、この柳内官だけは、その女としての魅力を武器にできない唯一の男であった。
案の定、柳内官は誠恵の笑顔にいささかも動ずることなく、眉一つ動かさない。
「趙尚(チヨンサン)宮さま(グンマーマ)が朝からずっと頭痛がすると仰って、お薬を頂きにきたの」
可愛らしい声で応えると、柳内官は眉をわずかに顰めた。
「だが、薬房に入って、勝手に薬を探して良いということにはならぬだろう。尚薬どのの許可を得た上でのことなのか?」
誠恵は困ったような表情で周囲を一瞥した。部屋の隅の薬種棚にはありとあらゆる薬の入った壺が所狭しと置かれ、天井からは日干しにした薬草が隙間なくぶら下がっている。
「ごめんなさい。趙尚宮さまがあまりにお苦しみでいらしたので、そこまで気が回らなくて。今度からは気をつけるわ。とこで、柳内官、肝心の頭痛に効く薬を頂けないかしら」
柳内官はまだ疑いの眼で見ながらも、棚から一つの壺を取り、幾らか薬を分けてくれた。
「ありがとう」
誠恵は紙に包まれた薬を渡されると、逃げるように薬房を出た。
どうも、あの若い内官は苦手だ。誠恵は帰る道々、柳内官の整った貌を思い出していた。内官といえば、男性機能を失ったということで、色白ののっぺりとした中性的な風貌を想像しがちだが、実際には、そうではない。
尚薬にしても、柳内官にしても、浅黒い膚の比較的精悍な面立ちで、なよなよしたところは全くなかった。むしろ、ろくに刀一つ持ったことのない軟弱な両班などよりは、よほど逞しく男らしかった。
王の女として恋愛も結婚も禁じられている女官ではあるが、内官に熱を上げるのだけは大目に見られていて、とりわけこの柳内官は若い女官たちの間では絶大な人気を誇ってい
る。
