テキストサイズ

闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 柳内官に熱烈な恋文を送った女官も少なくはないというが、いかにせん、この柳内官は天下の堅物として名が通っていて、幾ら美しい女官に言い寄られても、見向きもしない。
 薬房によく出入りしているといっても、柳内官は尚薬担当ではない。柳内官は大殿内官として、常に国王光宗の傍に控えている。誠実で陰陽向のない働きぶりを王は高く評価し、左議政孔賢明と共に忠臣として認めていた。
 柳内官は大殿内官ではあるが、元々は医者を志していたらしい。内官は小宦といってまだ見習いの頃には担当の部署が決まらず、雑用などをさせられる。その頃から柳内官は薬房によく出入りして、尚薬にも可愛がられていた。
 柳内官の父親が貧しい町医者だと聞いて、誠恵はなるほどと思ったものだったが、生まれ育った環境からか、彼には医術の心得が多少なりともあったのだろう。なので、一人前の内官となってからも、暇があれば薬房に顔を出すのだ。
 あの切れ者で知られる柳内官の存在を忘れるとは何たる失態だろう! だが、香月から渡された毒薬はちゃんと王の呑むはずの煎じ薬に入れた。恐らく、毒味をしても判らないはずの毒ゆえ、自分の所業だと知れることもあるまい。何より、柳内官は誠恵が毒を入れたところを目撃してはいないのだ。問いつめられたとしても、言い逃れはできる。
 それに―、誠恵は唇を噛みしめる。
 王があの薬を飲まないでくれた方が良い。血を吐きながら死んでゆく光宗の姿を想像しただけで、誠恵は気が変になりそうだった。
 おかしなものだと自分でも思わずにはいられない。この手で王の薬に毒を潜ませておきながら、王がその薬を飲まないように願うなんて、おかしい。
 王があの薬を飲むのを阻止するためには、むしろ、柳内官があの場に来てくれて良かったのかもしれなかった。
―殿下、あの薬をお飲みになってはなりません。あれは殿下のお生命を狙う、悪しき者が毒を混ぜた薬にございます。
 そして、その光宗の生命を狙う悪しき者とは、他ならぬこの自分なのだ。誠恵は涙が溢れそうになるのを堪えながら、帰り道を急いだ。

 一方、誠恵が逃げるように出ていった後、柳内官は一人、薬房に取り残された。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ