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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 あの張女官は、若い内官の間でも〝可愛い〟と評判の娘だった。男根を切り取ったその時点で男としての機能は失ったが、内官は結婚も許されていたし、皆、養子を迎えて家門を存続させてきた。しかも、若い盛りの内官であれば、美しい女官と恋に落ちることも少なくはない。内官と女官の恋愛は表向きには禁じられていたものの、年配の内官や女官を監督する尚宮もある程度は大目に見ている。
 咲き始めた花のように瑞々しく可憐な容貌に加え、気立てもよく働き者で通っている。あの張女官に微笑みかけられて、およそ心奪われぬ者はおらぬだろう、ただ一人、この自分を除いては。
 国王の想い人という噂は宮殿中にひろまっているゆえ、表立って彼女に言い寄ろうとする男はいないが、柳内官の親友の中にも彼女に熱を上げる者は多かった。
 確かに美しい、可愛らしい娘だとは思う。だが、あの少女の中に潜む何かが、彼はどうも気に入らなかった。
「まるで棘のある花のような」
 呟き、彼はハッとした。そう、まさしくあの少女を喩えるなら、それだ。暗闇の中で妖艶に咲き誇る大輪の薔薇。匂いやかに咲く花は見る者をひとめで幻惑し、骨抜きにする。
 瑞々しく開いた花に、男なら誰でも触れてみたいと思うだろう。だが、手を伸ばし、触れた途端に、鋭い棘で刺されてしまう。しかも、その棘には世にも怖ろしい猛毒が潜んでいるとしたら―?
 あの張女官はいけない。まさに、今、彼が思い描いた毒針を隠し持つ花だ。人は誰もがあの邪気のない笑みに惑わされるだろう、そして、時折、気紛れのようにかいま見せる艶(なま)めかしい熟れた女の顔に男は一瞬で魅惑される。無邪気で初々しい少女の中に、たまに妖艶な女の顔が現れる。そのくるくると変わる変化を、張女官が意図して演出しているとは男は考えだにしない。だが、柳内官は易々とは騙されなかった。
 あの女は実に怖ろしい女だ。
 そこで、彼は我に返り、慌てて眼の前の小さな土瓶に意識を戻した。
 先刻、あの女は、ここで何をしていた?
 自分が入ってきた時、張女官は明らかに動揺していた。しかも、あの愕きようは尋常ではなかった。まるで生命賭けの悪事を嗅ぎつけられでもしかのように―。
 柳内官は飛びつくように小さな土瓶を手に取り、火から下ろす。恐る恐る土瓶に人さし指を入れ、口に含んだ。

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