
闇に咲く花~王を愛した少年~
第3章 陰謀
刹那、甘いようでいて、酸っぱい、酸っぱいようでいて、舌を刺激する何とも喩えようのない独特の味が舌を刺す。
しかし、この味は常人では区別できない。幼い頃より父の仕事を見ていて、薬の調合なども手伝ってきた彼だからこそ判る味だ。医薬の知識のない人には、ただの無味無臭の薬だとしか感じられない代物である。
だからこそ、この毒は怖ろしいのだ。かつて彼の父親はそう言っていなかったか?
父は長年、町医者をしてきて、腕は確かだった。貧しい患者からは金を取らなかったから、彼の家にはいつも金があった試しはなかった。だが、彼はそんな父を尊敬していたし、父が病で亡くなった後、身体の弱い母と幼い妹の面倒を見るために内官になることを決意したときも、ゆくゆくは尚薬(医者)を目指すつもりだった。
女官と同様、内侍と呼ばれる内官もまた、殆どが貧しい家の子弟であった。内官になれば、三度の食事は食べさせて貰えるし、出世もできるし、月収も入る。女官は〝咲いて散る花〟と謳われるように女としての盛りを宮殿深くに埋もれさせ、内官は男根を切ることで、女と契り、子をなす宿命を棄てる。両者共に、貧しさゆえに己れの幸せを諦め、宮殿という狭い特殊な空間で一生を終えるさだめを選んだことに変わりはない。
あの張女官にも恐らくは自分と同様、他人には言えぬ不遇な生い立ちがあるに相違ない。裕福で食べる物に困ることさえなければ、誰が好んで可愛い我が娘を女官になどさせるものか。国王の女といえば聞こえは良いが、ひとたび女官となれば、一生涯誰にも嫁ぐことなく、顔さえろくに見たこともない王に操を立てて独身を貫く宿命を強いられるのだ。
もし仮に自分に娘と息子がいれば、絶対に女官にも内官にもさせたりなどしない。もっとも、我が身は既に男ではない。この先、まかり間違っても、子を持つことなどないだろうが。
幾分自棄になり、彼は苦笑する。
次の瞬間、彼はふいに真顔になると、手の中の土瓶をひっくり返し、中身を勢いよく土間にぶちまけた。
しかも、あの張女官は国王殿下のお気に入りで、既に寵愛を受けていると専らの噂だ。
今のところ、殿下があの娘を正式な側室にすることはなさそうだが、殿下がかなり以前―張女官と関係を持ち始めた頃―から、既に位階を与え、側室にしたがっているのを判っている。
しかし、この味は常人では区別できない。幼い頃より父の仕事を見ていて、薬の調合なども手伝ってきた彼だからこそ判る味だ。医薬の知識のない人には、ただの無味無臭の薬だとしか感じられない代物である。
だからこそ、この毒は怖ろしいのだ。かつて彼の父親はそう言っていなかったか?
父は長年、町医者をしてきて、腕は確かだった。貧しい患者からは金を取らなかったから、彼の家にはいつも金があった試しはなかった。だが、彼はそんな父を尊敬していたし、父が病で亡くなった後、身体の弱い母と幼い妹の面倒を見るために内官になることを決意したときも、ゆくゆくは尚薬(医者)を目指すつもりだった。
女官と同様、内侍と呼ばれる内官もまた、殆どが貧しい家の子弟であった。内官になれば、三度の食事は食べさせて貰えるし、出世もできるし、月収も入る。女官は〝咲いて散る花〟と謳われるように女としての盛りを宮殿深くに埋もれさせ、内官は男根を切ることで、女と契り、子をなす宿命を棄てる。両者共に、貧しさゆえに己れの幸せを諦め、宮殿という狭い特殊な空間で一生を終えるさだめを選んだことに変わりはない。
あの張女官にも恐らくは自分と同様、他人には言えぬ不遇な生い立ちがあるに相違ない。裕福で食べる物に困ることさえなければ、誰が好んで可愛い我が娘を女官になどさせるものか。国王の女といえば聞こえは良いが、ひとたび女官となれば、一生涯誰にも嫁ぐことなく、顔さえろくに見たこともない王に操を立てて独身を貫く宿命を強いられるのだ。
もし仮に自分に娘と息子がいれば、絶対に女官にも内官にもさせたりなどしない。もっとも、我が身は既に男ではない。この先、まかり間違っても、子を持つことなどないだろうが。
幾分自棄になり、彼は苦笑する。
次の瞬間、彼はふいに真顔になると、手の中の土瓶をひっくり返し、中身を勢いよく土間にぶちまけた。
しかも、あの張女官は国王殿下のお気に入りで、既に寵愛を受けていると専らの噂だ。
今のところ、殿下があの娘を正式な側室にすることはなさそうだが、殿下がかなり以前―張女官と関係を持ち始めた頃―から、既に位階を与え、側室にしたがっているのを判っている。
