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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

「私はその時、趙尚宮さまのお薬を頂きに上がったのです。趙尚宮さまは今朝からずっと頭痛がすると仰って、お部屋で伏せっていらっしゃったのです。いつもお元気で〝疲れた〟などと一度も仰ったことのないお方がいつになくお疲れのご様子でしたので」
 心底心配そうに訴えるその表情、声からも、ひとかけらの嘘も感じられない。
「そうか。趙尚宮ももうトシだからな。あまり無理は禁物だ」
 と、光宗は当人が聞けば、〝心外な。私はまだまだ、殿下にそのようなご心配頂く歳ではございませぬ〟と激怒するようなことを笑いながら言った。
 老年の趙尚宮は、光宗がまだ襁褓にくるまれた赤児の頃から知っているのだ。国王となった今でも、光宗は趙尚宮に一目置き、時には〝怖いお婆さま〟と揶揄する。
 実は、今日の夕刻、光宗は他ならぬ当の趙尚宮を直々に大殿に呼び、頭痛はどうかと体調を訊ねた上で、頭痛薬を特に賜っている。
 趙尚宮は国王が自分の頭痛を知っていることに愕いていたが、王手ずから薬を賜ったことで、恐縮して下がっていった。
 つまり、少なくとも毒を盛ったか云々は別として、緑花は嘘は言ってはいないということになる。
 そこで、光宗は小さな溜息を零した。
「いかがなされました? とてもお疲れのご様子でございます。お顔の色が優れませぬ」
 緑花が心配そうに言うのに、光宗は力なく笑った。
「いや、別に疲れてなどはおらぬゆえ、そなたが案ずることはない。ただ、今日、少し気になることを耳にしたのだ」
 光宗は大きく首を振った。
「緑花、予は、どうも隠し事のできる質ではないらしい。およそ上手く立ち回るすべなど心得ぬ愚直な男だ。両班家に生まれたれば、多分、承相どころか、中級官吏にもなれず、一生出世などできなかったであろうな」
 半ば自嘲めいた笑みを浮かべ、緑花を見る。
「そのようなことはございませぬ! 私は、緑花は、殿下のそのような―真っすぐで大らかなところが大好きでございます」
 緑花は慌てて真っ赤になり、恥ずかしげに面を伏せた。
「言葉が過ぎました。どうか、お許しを」
「いやいや、なかなか嬉しいことを申してくれるではないか。緑花、可愛らしい頬が熟した林檎のように紅いぞ?」

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