
闇に咲く花~王を愛した少年~
第3章 陰謀
「殿下、私はもう、殿下のお側にはいられませぬ」
「何故だ? 突然、そのようなことを申す理由は何だ」
光宗は慌てた。緑花の顔をまじまじと見つめると、その瞳から、とうとう大粒の涙がころがり落ちた。
「私が殿下のお側にいることが気に入らぬお方がこの宮殿にはあまりにも多いようにございます。賤しい身の私は、誰に何を言われても構いはしませぬ。ただ、こうして殿下のお顔を見て、お声を聞いていれば、それだけで幸せなのです。でも、たとえ何を言われたとしても、私が殿下のお生命を狙い奉ったなどと、そのような怖ろしいことだけは耳にするにも耐えられそうにありません。これほど恋い慕うお方のお生命を狙うだなんて」
それでも泣き声が周囲に洩れるのをはばかってか、緑花は声を殺して忍び泣く。泣くときさえ、思いきり心のままに泣くこともできぬ女への不憫さが光宗の心を重く沈ませた。
また、生涯の想い人とまで愛する女をそのような境遇に置いたままの自分にも厭気が差す。
「緑花、緑花。もう、泣くでない」
光宗は、泣きじゃくる緑花の背を幼子にするようにさすった。
「予が悪いのだ。このようなことをそなたの前で口にするべきではなかった、―許せよ」
「殿下、私にお暇を下さいませ。明日の朝一番に、私は出宮致します。もう二度と殿下の御前に現れたりは致しませぬ」
「それはならぬ。緑花、そなたは予の宝ぞ。予がそなたに無理強いをせず、ずっと待っておるのは、そなたの身も心も欲しいゆえだ。予は、いつか遠からず、そなたが予のものになると信じておる。そなたこそが、予の伴侶となる女であり、予の子を生むべき女なのだ。これは予からの頼みだ、ずっと予の傍にいて、予と共に生きてくれ」
これが光宗から緑花への事実上の求婚の言葉になった。
確かに、自分にとって、この女は得難い宝だと光宗はこの時、改めて思った。緑花に出逢うまで、彼は生涯妻を娶るつもりもなく、子をなすつもりもなかった。王室内でくりひろげてきた血で血を洗う王位継承を巡っての争い―、その愚かな過ちを繰り返す気はなかったのだ。
しかし、張緑花という一人の少女にめぐり逢い、彼の心は変わった。仮に自分に王子が誕生としたとしても、世子である誠徳君に位を譲る決意はいささかも変わってはいないし、これからも変わることはないだろう。
「何故だ? 突然、そのようなことを申す理由は何だ」
光宗は慌てた。緑花の顔をまじまじと見つめると、その瞳から、とうとう大粒の涙がころがり落ちた。
「私が殿下のお側にいることが気に入らぬお方がこの宮殿にはあまりにも多いようにございます。賤しい身の私は、誰に何を言われても構いはしませぬ。ただ、こうして殿下のお顔を見て、お声を聞いていれば、それだけで幸せなのです。でも、たとえ何を言われたとしても、私が殿下のお生命を狙い奉ったなどと、そのような怖ろしいことだけは耳にするにも耐えられそうにありません。これほど恋い慕うお方のお生命を狙うだなんて」
それでも泣き声が周囲に洩れるのをはばかってか、緑花は声を殺して忍び泣く。泣くときさえ、思いきり心のままに泣くこともできぬ女への不憫さが光宗の心を重く沈ませた。
また、生涯の想い人とまで愛する女をそのような境遇に置いたままの自分にも厭気が差す。
「緑花、緑花。もう、泣くでない」
光宗は、泣きじゃくる緑花の背を幼子にするようにさすった。
「予が悪いのだ。このようなことをそなたの前で口にするべきではなかった、―許せよ」
「殿下、私にお暇を下さいませ。明日の朝一番に、私は出宮致します。もう二度と殿下の御前に現れたりは致しませぬ」
「それはならぬ。緑花、そなたは予の宝ぞ。予がそなたに無理強いをせず、ずっと待っておるのは、そなたの身も心も欲しいゆえだ。予は、いつか遠からず、そなたが予のものになると信じておる。そなたこそが、予の伴侶となる女であり、予の子を生むべき女なのだ。これは予からの頼みだ、ずっと予の傍にいて、予と共に生きてくれ」
これが光宗から緑花への事実上の求婚の言葉になった。
確かに、自分にとって、この女は得難い宝だと光宗はこの時、改めて思った。緑花に出逢うまで、彼は生涯妻を娶るつもりもなく、子をなすつもりもなかった。王室内でくりひろげてきた血で血を洗う王位継承を巡っての争い―、その愚かな過ちを繰り返す気はなかったのだ。
しかし、張緑花という一人の少女にめぐり逢い、彼の心は変わった。仮に自分に王子が誕生としたとしても、世子である誠徳君に位を譲る決意はいささかも変わってはいないし、これからも変わることはないだろう。
