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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 誠恵は小首を傾げた。まだ幼いながら、国王に準じた龍袍を身に纏うのを許されるのは、天地広しといえども世子一人のみだ。その世子といえば、現在は光宗の甥にして先王永宗の第七王子誠徳君である。
 誠恵は少し離れた物陰に身を潜め、世子を見つめていた。あの男―月華楼で水揚げをするはずだった晩、ふいに眼の前に現れ、光宗を殺せと命じた卑劣な男孫尚善の孫になる。
 幼子に罪はないのは承知していても、あの男の血を引く孫かと考えただけで、複雑な心境になることは否めない。もし、孫尚善に逢うことがなければ、自分が愛する男を殺さねばならない―そんな運命の皮肉を知ることもなかった。
 元々、国王である光宗と男娼となる宿命(さだめ)だった我が身が出逢うはずはなかったのだ。二人の宿命が交わったのは、孫尚善のせいだ。
―でも、本当にそう言えるのだろうか。
 自分の心に問いかけてみる。
 あのひとに、国王殿下にお逢いできなかった自分の宿命なんて、考えられるだろうか。
 あのときは危なかった。よもや薬房にいるところを柳内官に見つかるとは予想していなかった。あまつさえ、その夜、国王自身からも薬房にいたときのことについて訊ねられた。何とか上手く言い逃れたものの、あの若い内官が自分を疑っていることは言うまでもない。要らない敵を作ってしまい、これからは〝任務〟がやりにくくなる。
 何といっても、いちばん良かったのは、光宗が毒薬を飲まなかったことだった。自分で毒を潜ませておいて、毒を飲まなくて良かったと言うのは、あまりにも矛盾しているし身勝手だろう。でも、本当にそうとしか言いようがない。
―私はもう殿下のお側ににはいられませぬ。
 そう言って光宗の前で流した涙は満更、全くの偽りではなかった。光宗が毒を食(は)まずにいて良かったと、安堵のあまりの涙でもあったのだ。
 誠恵が薬房を出た後、柳内官があの毒薬を混ぜた薬をそのまま調べもせず王に献じるとは思えなかった。恐らく、疑念を抱いた柳内官が毒味をするだろうとは予想していた。―あの計画は、柳内官という想定外の人物に出くわした時点で既に破綻していたのだ。
 だが、光宗の無事な姿を見るまでは、内心、気が気でなかったのも確かだった。万が一ということもあり得る。

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