
闇に咲く花~王を愛した少年~
第3章 陰謀
あの抜け目のない用心深い柳内官に限り、王に献じる薬を煎じている最中、不審人物を見かけて手をこまねいていることはないだろう。そう思ってはいても、安心はできなかった。
愚かなことだ。一体、王を殺すつもりがあるのか、いや、殺せるのか。こんな不安定で宙ぶらりんな心のまま、〝任務〟が果たせるはずがない。万が一、任務に失敗すれば、自分の生命はないだろう。それは構いはしないが、月華楼の女将香月は孫尚善の言葉を改めてはっきりと伝えてきた。
―任務に失敗したときは、家族の生命は亡きものと思え。
どこまで冷酷な男なのだろう。今や、誠恵の生命だけでなく、家族の生命まで、あの男の手のひらにある。任務を引き受けなくとも、家族を殺すと脅されたし、たとえ引き受けたとしても、失敗したら、殺すと言う。
まるで他人の生命を虫けら同然にしか思ってはおらぬ最低の男だ。
光宗を心から愛してはいるが、家族の安全を思えば、殺さないわけにはゆかない。誠恵にとっては、やはり最優先するべきなのは、家族なのだから―。
そう割り切ろうとしても、光宗の優しい笑顔を思い出す度に、胸は切なく痛む。愛する男と家族への情の狭間で誠恵の心は大きく揺れていた。
想いに耽っていた誠恵はハッと我に返った。前方で誠徳君が転んで、泣いている。
自分の立場も顧みず、誠恵は駆け出した。
「世子(セイジヤ)邸(チヨ)下(ハ)」
誠恵は誠徳君に駆け寄ると、しゃがみ込み、その顔を覗き込む。
「大事ございませぬか?」
可哀想に、幼い王子は膝をすりむいたらしい。
「失礼致します。少しだけ、お怪我の具合を見させて下さいませね」
優しく言い聞かせ、誠徳君のズボンを捲った誠恵は息を呑んだ。
「―!」
怪我に愕いたのではない。左の膝小僧から薄く血が滲んでいたものの、怪我そのものはたいしたことはない。ひどく泣いているのは、幼い子どもにとっては、やはり衝撃を受けたからだろう。
誠恵が驚愕したのは、誠徳君の脹ら脛に鞭で打たれた跡が惨たらしく紫色となって残っているからだった。
愚かなことだ。一体、王を殺すつもりがあるのか、いや、殺せるのか。こんな不安定で宙ぶらりんな心のまま、〝任務〟が果たせるはずがない。万が一、任務に失敗すれば、自分の生命はないだろう。それは構いはしないが、月華楼の女将香月は孫尚善の言葉を改めてはっきりと伝えてきた。
―任務に失敗したときは、家族の生命は亡きものと思え。
どこまで冷酷な男なのだろう。今や、誠恵の生命だけでなく、家族の生命まで、あの男の手のひらにある。任務を引き受けなくとも、家族を殺すと脅されたし、たとえ引き受けたとしても、失敗したら、殺すと言う。
まるで他人の生命を虫けら同然にしか思ってはおらぬ最低の男だ。
光宗を心から愛してはいるが、家族の安全を思えば、殺さないわけにはゆかない。誠恵にとっては、やはり最優先するべきなのは、家族なのだから―。
そう割り切ろうとしても、光宗の優しい笑顔を思い出す度に、胸は切なく痛む。愛する男と家族への情の狭間で誠恵の心は大きく揺れていた。
想いに耽っていた誠恵はハッと我に返った。前方で誠徳君が転んで、泣いている。
自分の立場も顧みず、誠恵は駆け出した。
「世子(セイジヤ)邸(チヨ)下(ハ)」
誠恵は誠徳君に駆け寄ると、しゃがみ込み、その顔を覗き込む。
「大事ございませぬか?」
可哀想に、幼い王子は膝をすりむいたらしい。
「失礼致します。少しだけ、お怪我の具合を見させて下さいませね」
優しく言い聞かせ、誠徳君のズボンを捲った誠恵は息を呑んだ。
「―!」
怪我に愕いたのではない。左の膝小僧から薄く血が滲んでいたものの、怪我そのものはたいしたことはない。ひどく泣いているのは、幼い子どもにとっては、やはり衝撃を受けたからだろう。
誠恵が驚愕したのは、誠徳君の脹ら脛に鞭で打たれた跡が惨たらしく紫色となって残っているからだった。
