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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

 世子である先王の第七王子を鞭で打てるのは一人しかいない。世子の生母、孫大妃だけだ。
 この傷痕は一度や二度ではなさそうだ。転んでできた擦り傷よりも、こちらの方がよほど重傷に見える。
「世子邸下、お歩きになれますか?」
 だが、一介の女官の身で、大妃の所業について触れることはできない。酷い傷痕には知らぬふりをするしかなかった。
 七歳の王子は、ただ泣きじゃくるばかりだ。
 誠恵は仕方なく、しゃがみ込んだまま背を向けた。
「さあ、お乗り下さいませ。私が世子邸下を大妃殿までお送り致します」
 と、王子がふっと泣き止んだ。
「そなたは見たところ、か弱い女人ではないか。男たる者、女に負ぶわれるわけにはゆかぬ」
 口だけは大人顔負けなのに、内心吹き出しそうになってしまい、慌てて笑いを堪えるのに苦労しなければならなかった。
「ご心配には及びませぬ、こう見えても、力はございますゆえ、世子邸下を大妃殿までお連れするなど造作もなきことにございます」
 その言葉で幼い王子は漸く納得したらしい。素直に誠恵に負われた。大妃殿に戻る道すがら、王子が問いかけてくる。
「そなたは、どの宮の女官なのだ?」
「私は趙尚宮さまにお仕えする女官の張緑花にございます。世子邸下は、お伴の女官も連れず、お一人でいらしたのですか?」
 大抵、国王にしろ世子にしろ、宮殿内を移動する際でも、大勢の伴が付き従う。内官、尚宮、女官と総勢十数人ほどで物々しい行列を作って移動するのである。
 それを考えれば、世子である王子がこのような場所に一人きりでいること自体がおかしい。
「お付きの尚宮や女官たちは皆、母上(オバママ)の言いなりだ。私がいちいち何をしたと言いつけては、母上を怒らせる。だから、わざと宮を抜け出してやるんだ」
 利かん気そうな物言いに、誠恵はクスリと笑った。
「それは大変ではございませんか。今頃、世子邸下がいらっしゃらないのに気付いた尚宮さまが大騒ぎなさっていることでしょう」
「―緑花、私は母上が嫌いではないが、好きでもない」
 七歳の童子が母親を好きではないというのも妙な話だ。もしや、王子の大妃への気持ちがあの惨たらしい傷痕と関係しているのではないかと思ったが、口に出せるはずもない。

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