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闇に咲く花~王を愛した少年~

第3章 陰謀

「私は母上が怖いのだ。ちょっとしたことですぐに〝世子らしくないふるまいだ〟とお怒りになられ、私を鞭打たれる」
「―」
 誠恵は何も言うべき言葉を持たなかった。
 考えた末、漸く口にできたのは、ありきたりな言葉でしかなかった。
「大妃さまも世子邸下の御事を誰よりおん大切に思し召しているからにございましょう。子を思う親は必要以上に厳しくなるものにございます」
 それでも、幼い王子には慰めになったようで、背中越しに聞こえてくる声に幾分元気が戻ったようだ。
「そうであろうか、緑花。母上は真に私を可愛いと思し召しているのであろうか」
 誠恵は胸が熱くなった。
「この世の中に我が子を可愛いと思わぬ親などおりませぬ。それは畏れながら王室の方々においても、私たち下々の民においても同じことかと存じます」
 わずか七歳の子が母親をこれほどまでに恋しがっている。
 誠恵は先刻、対面したばかりの孫大妃の容貌を思い出していた。
 確かに美しい女人ではあった。だが、喩えるなら凍った三日月のような冷ややかな美貌は、いささかの温かみも人間らしさも感じさせない。女好きで知られた永宗がこれほどに美しい王妃を遠ざけ、側室たちの間を渡り歩いていたのも少しは理由が判ったような気がしたものだ。
 この大妃といても、永宗は少しも寛げなかったろう。むしろ、冷ややかな視線に居たたまれず、逃げ出したくなったはずだ。
―ホウ、石榴か。見事なものだな。まるで一幅の絵のようだ。この出来であれば、嫁ぐ翁主も歓ばれるに違いない。
―石榴は縁起の良いものでございますゆえ、おめでたいご婚礼にはふさわしいと思いまして。
 石榴は子孫繁栄の象徴である。誠恵の言葉に、大妃は幾度も満足げに頷いていた。
 が、次の瞬間、誠恵はヒヤリと冷たいものが走るのを感じた。
―時にそなたは国王殿下のご寵愛を受けていると聞く。しかも、殿下おん自ら正式な側室とし位階も賜ると仰せがあると申すではないか。既に殿下の恩寵を賜り月日が経つにも拘わらず、何ゆえ、そのありがたきお言葉を無下に致すのだ?

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