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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 込み上げてきた涙を堪えきれず、誠恵は泣きながら廊下を走り、殿舎の外に出た。自分の部屋に戻ることも考えたが、他の女官に聞かれてしまう怖れがある。
 思いきり泣ける場所を探していたら、先日、世子と出逢った場所まで来ていた。
 それでも、声を立てないよう泣いた。だが、どうしても嗚咽が洩れてしまう。
 その時、ふいに背後から声が聞こえて、誠恵はビクリと身体を震わせた。
「緑花、どうしたのだ?」
 無邪気な声は誠徳君であった。
「―世子邸下」
 誠恵は涙を拭い、深々と頭を下げる。
「今日もまた、お一人でございますか?」
「ああ、でも、今日はちゃんと母上に申し上げてきた」
「まあ、さようでございますか」
 誠恵が微笑むと、何故か幼い王子は紅くなった。
「そなたの言葉を思い出したのだ」
「私の言葉、にございますか?」
 王子があどけない声で言う。
―我が子の可愛くない親がこの世にいるはずはございませぬ。
「あれを聞いてから、私は考えた。母上のお心をよく理解しようともせず、勝手に母上を誤解するのは、とんでもない親不孝なことではないか。ゆえに、勇気を出して、母上にお話してみたのだ。私のどこが至らず、母上をお哀しみさせ、鞭打たせるのでございますかと申し上げたら、母上はいきなり私を抱きしめて、お泣きになったのだ。あんなにお泣きになった母上を見るのは初めてだったが、どうやら、母上は私の気持ちを判って下された。子の躾は厳しくすれば良いものではないらしいなと仰せであったぞ」
 何という聡明な王子であることか! 聖君と呼ばれ民から慕われる王と、七歳にしてこれだけのことを悟り言葉にできる世子。この二人がいれば、この国は未来永劫、繁栄を続けるに相違ない。
「それは、よろしうございました。世子邸下、実にご立派でございますよ」
 賞められると、王子はますます紅くなる。
 照れた王子は面映ゆそうに言った。
「そなたのお陰だ。誰も私にあのようなことを教えてくれた者はいなかった。ところで、緑花、この前は私が泣いていたが、今日は、そなたが泣いている。一体、どんな哀しいことがあったのだ?」

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