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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 しゃがみ込んで、顔を伏せて泣いていると、背後からそっと肩に乗せられた温かい手があった。
「緑花」
 抑揚のある深い声は、光宗その人であることはすぐに判った。
 光宗は思いやりのある人だ。あの場で誠恵が居たたまれなくなってしまったことも十分理解している。だから、尚宮や内官を置いて、たった一人で逃げ出した誠恵を追ってきたのだ。
 だが、王の優しさが時折、徒になることもある。今頃、血相を変えて女の後を追いかけていった国王を、内官や尚宮たちは渋い顔で見送っていることだろう。
 そして、結局は誠恵が悪者になる。
 張緑花はその色香で殿下を誑かし、意のままに操ると。
 すべては領議政孫尚善に言われたとおりになった。若い王は誠恵の魅力の虜となり、美しき花にいざなわれる蝶のように魅せられている。
 後は、寄ってきた蝶を隠し持った毒の棘でひと突きにし、その息の根を止めるだけ。
 それで、〝任務〟は完了する。
 なのに、どうして、こんなにも哀しい?
 どうして、こんなにも哀しくて、やるせなくて、涙が止まらないのだろう?
「何故、あのように突然、いなくなった?」
 優しく問われ、誠恵は嫌々をするように小さく首を振る。
「そんなに優しくしないで下さい。殿下、私は殿下のお側にいる価値のない女なのです」
 光宗は誠恵の両肩をそっと掴むと、立ち上がらせた。温かな手のひらで彼女の頬を包み込み、顔を上向かせる。
「予がそなたを望んでいる。そなたでなければ駄目なのだ、緑花。そなた以外の女など要らぬと思うほどに、予はそなただけを求めている。だから、そなたは何も気にする必要はない。大威張りでここに、予の傍にいれば良い。それとも、そなたは、こうまで申しても、予の傍を離れると申すか?」
「いいえ、いいえ! 殿下、私も殿下のお側にずっといとうございます。私がお慕いするのは未来永劫、殿下お一人でございますもの」
 口にしてから、緑花が今の言葉が自分の本心だと初めて気付いた。
 ずっと、この男の傍にいたい。
 だが、それは所詮、叶わぬ望みというもの。
 自分は女ではなく、男、しかも領議政に送り込まれた刺客なのだから。

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