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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 夢はいつか醒める。
 だが、いずれ醒める夢ならば、今だけは夢に浸っていたい。
 誠恵が眼を閉じると、残った涙の雫がつうっとすべらかな頬をころがり落ちる。
 その涙を唇で吸い取りながら、やわからな頬をなぞっていた光宗の唇がやがて花のような誠恵の唇に辿り着く。
 貪るような烈しい口づけは、男の恋情を余すことなく伝えてくる。薄く口を開くと、男の舌が入り込んできて、誠恵は自分から男の舌に自分の舌を絡めた。
 いつになく積極的な誠恵の反応に、光宗も情熱的にこたえる。深く唇を結び合わせながら、光宗の手がそろりと動き、誠恵のチョゴリの紐にかかった。
 口づけに夢中になっている誠恵は気付かない。紐を解いた男の手がやわらかな胸に触れようと懐に侵入しかけた。
 その寸前、誠恵はうっとりと閉じていた瞳を見開いた。
「―!」
 烈しい驚愕と狼狽が可憐な面にひろがる。
 身を翻して逃げ出した誠恵の背に、王のやるせなさそうな呼び声が追いかけてくる。
「何故だ、緑花。どうして、予から逃げるのだ」
 光宗の端整な貌に酷く傷ついた表情が浮かんだ。その横顔には拭いがたい暗い翳が落ちていた。
 何故、あれほどまでに自分を嫌うのだろう。いつもは口づけても、なされるままになっている緑花が珍しく自分から積極的にこたえ、求めてきた。とうとう緑花が頑な心を開き、自分のものになってくれるのではないかと期待した。
 やはり、性急すぎたのが、いけなかったのだろうか。それとも、自分は身を任せるのは嫌悪感を感じるほど、緑花に厭がられているのだろうか。
 いや、緑花は、確かに自分を慕っている。
―私も心より殿下をお慕いしております。
 あの涙と言葉には嘘はなかった。にも拘わらず、あくまでも自分を拒む、その理由は何なのか。
 緑花には、自分の愛を受け容れられぬ真の理由があるのではないだろうか。
 光宗は暗澹とした想いに駆られていた。

 それ以降、誠恵と世子誠徳君が実の姉弟のように仲睦まじく遊ぶ姿が宮殿では、しばしば見かけられた。

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