闇に咲く花~王を愛した少年~
第1章 変身
誠恵が村を出る時、弟は五歳、妹は二歳だった。弟は村の出口まで見送りに来て、泣きながら誠恵に手を振っていた―。子どもらしい福々とした様子はどこにもなく、手脚は枯れ木のように痩せ細り、いつも空きっ腹を抱えて、お腹が空いたと泣いてばかりいる弟や妹。満足に乳も出ない母は乳が欲しいと訴えて泣き喚く妹を抱え、辛そうに眺めているしかなかった。
人の好いのだけが取り柄の父親は生まれながらの怠け者で、少しまとまった金が入ると、すぐに酒代に変えてしまい、家にはろくに金があったことがなかった。母と誠恵の二人が細々と田畑を耕し、夜には草鞋を編んだ。そうしてやっと得た金を、父は酒に代える。
母親が思いあまって金を父の判らない場所に隠すと、怒って暴れ、母を撲る蹴るの乱暴を働くのだ。酒が切れて苛立つ父親に足蹴にされる母を見て、彼は幾度、手斧で父の頭を殴りつけてやりたい衝動と闘わねばならなかっただろう。
酔った父は、素面のときとは別人のように凶暴になる。また、酒が切れて中毒症状が出たときも同様だった。酒が入ると父は無性に女を抱きたくなるらしく、夜半、ひと間しかない狭い家の中で酔った父が母を組み敷いているのを何度も見た。獣のように酒臭い息を撒き散らしながら荒々しく振る舞う父の姿は、幼い誠恵に底知れぬ恐怖と嫌悪を与えた。誠恵は薄い粗末な布団に潜り込み、震えながら眼を背けていた。
誠恵にしろ、他の弟妹たちにしろ、父がそういった衝動に駆られて母を手籠めも同然に抱き、生まれたのだ。
村の若い娘や未亡人の閨に忍び込んで、その家人につまみ出されたことも一度や二度ではない。誠恵が八歳のときには、嫁入りが決まっていた十七の娘と深間になり、許婚者の男に袋叩きにされたことさえあった。
瀕死の怪我で喘ぐ父を、母は涙を流して甲斐甲斐しく看病していた。
―そんなろくでなしの親父なんか、いっそくたばっちまえば良い。
傍らで吐き捨てた誠恵の頬を母は平手で打った。
―何てこと言うだい。
母は、そう言って、さめざめと涙を流した。
その時、誠恵は実の父に対してそのような無情な科白を吐いたことよりも、母を泣かせてしまったことをひどく後悔したものだ。
人の好いのだけが取り柄の父親は生まれながらの怠け者で、少しまとまった金が入ると、すぐに酒代に変えてしまい、家にはろくに金があったことがなかった。母と誠恵の二人が細々と田畑を耕し、夜には草鞋を編んだ。そうしてやっと得た金を、父は酒に代える。
母親が思いあまって金を父の判らない場所に隠すと、怒って暴れ、母を撲る蹴るの乱暴を働くのだ。酒が切れて苛立つ父親に足蹴にされる母を見て、彼は幾度、手斧で父の頭を殴りつけてやりたい衝動と闘わねばならなかっただろう。
酔った父は、素面のときとは別人のように凶暴になる。また、酒が切れて中毒症状が出たときも同様だった。酒が入ると父は無性に女を抱きたくなるらしく、夜半、ひと間しかない狭い家の中で酔った父が母を組み敷いているのを何度も見た。獣のように酒臭い息を撒き散らしながら荒々しく振る舞う父の姿は、幼い誠恵に底知れぬ恐怖と嫌悪を与えた。誠恵は薄い粗末な布団に潜り込み、震えながら眼を背けていた。
誠恵にしろ、他の弟妹たちにしろ、父がそういった衝動に駆られて母を手籠めも同然に抱き、生まれたのだ。
村の若い娘や未亡人の閨に忍び込んで、その家人につまみ出されたことも一度や二度ではない。誠恵が八歳のときには、嫁入りが決まっていた十七の娘と深間になり、許婚者の男に袋叩きにされたことさえあった。
瀕死の怪我で喘ぐ父を、母は涙を流して甲斐甲斐しく看病していた。
―そんなろくでなしの親父なんか、いっそくたばっちまえば良い。
傍らで吐き捨てた誠恵の頬を母は平手で打った。
―何てこと言うだい。
母は、そう言って、さめざめと涙を流した。
その時、誠恵は実の父に対してそのような無情な科白を吐いたことよりも、母を泣かせてしまったことをひどく後悔したものだ。