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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 王のために、自分に何かできることがあるのだろうか。
 改めて考えてみる。趙尚宮の言うように、今すぐ宮殿を去り、あの男(ひと)の前から姿を消すのが最善だとは判っている。でも、それでは〝任務〟が果たせない。
 〝任務〟が完遂できなければ、領議政孫尚善は自分だけでなく、その報復として、村で暮らす家族までをも容赦なく消すだろう。
 それだけは避けねばならなかった。
 巡る想いに応えはない。
 誠恵は孫尚善を憎いと思った。
 あの卑怯で残酷極まりない男さえいなければ、自分がこうまで苦しむことはなかった。
 大好きな男を苦しめることもなかった。
 孫尚善が光宗をひたすら憎み、亡き者にせんと画策するのは、ひとえに娘の大妃や孫の世子のためだ。もし、少し考え方を変えてみた、どうなるのだろう。光宗に向けるはずの刃を世子の方に向け変えたなら。
 孫尚善に空恐ろしい野望を抱かせる大元さえなくなれば、光宗の生命が狙われることは二度とないに相違ない。
 そこで、誠恵は暗闇にひとすじの光を見たような気がした。
 光宗ではなく、世子誠徳君を殺すのだ!!
 己れの出世欲を満たすための手駒、大切な世子をこの世から抹殺すれば、領議政の権力は忽ちにして失墜するだろう。
 あの男が哀しみ、絶望にのたうち回る様が眼に浮かぶ。もし、本当にそうなったら、どれほど溜飲が下がることか。
 自分を苦しめ続けるあの男に裁きの鉄槌を下すときがいよいよ来たのだ。
 もう一度、小さな溜息を零したその時、すぐ傍で可愛らしい声が聞こえ、誠恵は少しだけ愕いた。
 世子の無邪気な顔をこうして間近で見ると、先刻自分が考えていたことがどれだけ怖ろしい邪念に満ちた謀であったかを思い知らされた。先刻まで脳裡を支配していた忌まわしい考えを慌てて追い払う。
 たとえ一瞬たりとも、この愛らしい王子の生命を絶とうだなどと、自分は何を考えていたのかと茫然とした。
「世子邸下」
 自分を見上げて、にこにこと愛くるしい笑顔を浮かべる王子に頭を下げる。
「もう、お風邪は治られたのですか?」
 問えば、世子は満面の笑みで応えた。

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