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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

「緑花が持ってきてくれた揚げ菓子は殊の外、美味しかった。苦い薬も、後であれを食べるのを愉しみに頑張って呑んだのだ」
「さようにございますか? あれは、畏れながら、私が作らせて頂いたものにございます」
 控えめに言うと、世子は眼を丸くした。
「あの揚げ菓子を作ったのは緑花だったのか!」
 小麦粉を練った生地に砂糖や干した果物を入れ、縄状に編んだものを油で揚げた菓子だ。
 誠恵は田舎の村で暮らしていた頃も、よくあの揚げ菓子を作った。むろん、宮殿の厨房で作るような上等のものではない。小麦粉の質も良くないし、干した果物なんて手に入るときの方が少なかった。砂糖なんてろくになかったから、甘い汁の出るといわれる草の根を潰して、その汁を甘味料代わりに使ったのだ。
 それでも、幼い弟や妹は美味しいと歓声を上げながら、幾つもお代わりして頬張った。
 貧しさのどん底で喘いでいたような生活の連続だったけれど、あの頃は家族皆が揃っていた。
―あの頃に戻りたい。
 誠恵は滲んできた涙をまたたきで散らし、微笑んだ。
「畏れ多いことにございますが、私は実家におりました頃も、よくあの揚げ菓子を作りました。弟や妹がとても歓んでくれたのです」
「緑花には弟妹がいたのだな」
 世子がしみじみとした口調で言った。
「緑花が羨ましい。私には腹違いの兄姉(きよう)弟妹(だい)は大勢いるが、同じ母から生まれた弟妹は一人としておらぬ。共に遊ぶこともできず、広い宮殿にいつも一人だ」
「―」
 誠恵が黙っているのを勘違いしたのか、世子が不安げに訊いた。
「そなたは実家の弟妹に逢いたいのか?」
「いいえ」
 誠恵は微笑み返し、しゃがみ込んで世子と同じ眼線の高さになった。
「畏れながら、世子邸下のお可愛らしいお顔を拝見しておりますと、実家の弟を思い出します。それゆえ、弟とは遠く離れていても、淋しくはございませぬ」
「そうか。緑花、私もそなたと同じだ。たとえ一緒に遊ぶ兄弟がおらずとも、そなたを姉のように思い慕うておるゆえ、淋しくはない」
「そのお言葉をお聞きして、私も嬉しうございます」
 誠恵は笑った。

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