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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 しかし、世子の表情はまだ浮かない。
「邸下、まだ何かお悩みがございますか?」
 優しく問いかけると、世子は考え深げな顔になった。
「緑花こそ最近、元気がないようだな。何かあったのか?」
 その何げないひと言に、誠恵は胸を打たれた。心優しい七歳の王子は、緑花の元気がないのを気に掛けていたのだ。
「いいえ、何でもございませぬ」
 世子を心配させぬように殊更明るく言うと、世子は黒い瞳をくるくると子栗鼠のように動かした。
「大妃殿で女官たちが噂をしておったぞ、そなたと国王殿下が喧嘩をしたと。お二人が夫婦喧嘩をしたゆえ、殿下はもう緑花の許にはお渡りにはなられぬとしたり顔で申しておったゆえ、物凄く腹が立った。こっそりと、その者のチマを踏んづけてやったら、その者は〝あれぇ〟と悲鳴を上げて見事に転んでおったぞ」
 その女官の声色まで真似る世子の話しぶりに、誠恵は溢れてきた涙を堪えることができなかった。
 ふいに泣き出した誠恵を見て、世子は愕いたように黒い瞳を瞠っている。
「噂は真だったのだな」
 世子は袖から手巾を取り出すと、誠恵の頬を流れ落ちる涙を拭いた。
「―ありがとうございます、邸下」
 世子は照れ臭そうに笑い、うす紅くなった。
「私がいつか転んで泣いていたら、そなたがこうして慰めてくれた。だから、これでおあいこだ」
 花の蕾が膨らむような笑顔に、心が明るくなる。類稀なる聡明さと優しさを兼ね備えた世子がこのまま成長すれば、いずれ光宗の跡を継いで、間違いなく聖君と呼ばれる国王となるに違いない。
 私は、この方を我が手で殺めようというのか。愛する男のために、前途ある少年を闇に葬り去るというのか。
 光宗だけでなく、この幼い世子を失うこともまた、この(朝)国(鮮)にとっては大いなる損失となるに相違ない。
「どうした、緑花。まだ哀しいのか?」
 小さな胸で一介の女官を案ずるこの王子の心こそが尊(たつと)いものだ。
 誠徳君は、朝鮮の繁栄を千歳(チヨンセ)、万歳(バンセ)のものにするためには不可欠であり、この国のゆく末を照らす小さな灯なのだ。その灯をけして消してはならない。

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