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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 自分を姉だと言った七歳の王子、その生命を自分がここで奪うのか―。
 誠徳君のか細い首は、少し力を込めれば非力な誠恵でもすぐに折ってしまいそうだ。
 王子は気を失ったのか、眼を瞑り、ぐったりと四肢を投げ出して横たわっている。ここで、完全に息の根を止めてしまうことは簡単だ。まるで本当に死んでしまったかのようにピクリとも動かない。
 王子の顔を気が抜けたように見つめていた誠恵は愕然とした。
「まさか、そんな―」
 誠恵の瞼に、遠く離れて暮らす弟の面影が甦る。誠恵が知る弟は、五年前の五歳のときのままだ。貧しさゆえに人買いに売られ、連れられてゆく兄を泣きながら見送っていた幼い弟。
 できない、私にはできない!!
 今、王子の顔は、あのときの弟の泣き顔を彷彿とさせた。
 もしかしたら、王子は誠恵が首を絞めるところをはっきりと見たかもしれない。気を失ったのは一瞬の後だったが、真正面から近づいて首を絞めたのだから、見ている確率の方が高いには高い。
 この場に居合わせたのは誠恵と王子だけなのだから、たとえ見ていなかったとしても、王子が誠恵に襲われたと思うのは、ごく自然ななりゆきだろう。
 仮にこのまま王子の息の根を止めなければ、誠恵は今日中には世子を暗殺しようとした大罪人として義禁府の役人に捕らえられることは必定である。
 そんな危険を冒してまで、王子を助けるべきなのだろうか。王子が目ざめるまでに宮殿から逃走することは可能ではあるけれど、家族の安全を領議政に楯に取られているからには、身動きもろくにままならない。このまま宮殿にとどまり続けるしかないのであれば、やはり選択肢は一つしかない。
 このまま王子を殺してしまえば、自分の仕業だと露見することもないだろう。
 やはり、王子には死んで貰わなければならない。
 誠恵は王子に再び近づいた。とどめを刺そうと、その首に手を巻き付けようとしたその時、王子の固く閉じた眼の淵に涙が残っているのを見つけた。
―私がいつか転んで泣いていたら、そなたがこうして慰めてくれた。だから、これでおあいこだ。

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