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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 光宗は、まるで自分が悪い夢を見ているのではないかと思った。
 あのままでは、誠徳君が殺される。
 そう思って、飛び出そうとしても、身体が言うことをきかない。まるで見えない鎖に戒められでもしたかのように動かなかった。
 心のどこかでは、それでもまだ緑花を信じていた。あの女が何の罪もない幼き世子を手にかけるはずがないと思いたかった。
 今日、光宗は趙尚宮の許を訪れた。いつもは後をぞろぞろと付いてくる内官や尚宮たちは追い払い、単身脚を運び、緑花に逢いにきたと告げたのである。
 あの日―数日前の夕刻の出来事は、弁解のしようがなかった。緑花に何度逢いたいと連絡しても、なしのつぶてが続き、光宗の苛立ちは最高潮に達していた。大殿内官が諫めるのもきかず、毎夜、大殿で夜更けまで酒浸りの日々を送っていたのだ。
 とうとう緑花恋しさに負けて、夕方、大殿をひそかに抜け出し、緑花の姿を探し求めて彼女の住む殿舎の近くをふらふらと彷徨っていた。
 緑花を背後から襲い、猿轡と目隠しをして空き部屋に連れ込む道中、光宗は二人連れの女官に遭遇した。いかにも若い娘らしく、小声ではあるが愉しげに話し込んでいた二人は、光宗の姿を見ると慌てて脇に寄り頭を垂れた。が、一瞬、彼を見た彼女らの顔は、まるで狂人を見たかのように恐怖に強ばっていた。
 それもそうだろう、まだ陽の落ちぬ中から、若い年端もゆかぬ女官を肩に担いでいた彼の姿は到底普通には見えなかったはずだ。しかも、その女官は目隠しをされ、声も出ないようにされており、それでも、叫びながら懸命に彼から逃れようとしていたのだ―。
 誰が見ても、あのときの光宗が連れ去る女官を手籠めにしようとしているのは一目瞭然であった。
―騒ぐな。
 光宗は烈しい眼で女官たちを睨みつけることで口封じをしたが、案の定、彼女たちは頷くと、怯えたように脱兎のごとく通り過ぎていった。
 あの時、自分は本当に気が狂っていたのだとしか思えない。
 緑花を空き部屋に連れ込んだ後も、光宗は酷薄なまでに彼女を追いつめた。
 厭がる緑花を、彼は追いかけ回し、何とか我が物にしようと躍起になった。

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