
闇に咲く花~王を愛した少年~
第4章 露見
―いやっ、怖い。来ないで。
緑花は逃げ惑いながら、泣いていた。心底怯え、彼を怖がっていた。
あの恐怖を宿した瞳が、今でもなお、彼の心に灼きついて離れない。
自分は一体、何という取り返しのつかないことをしでかしたのだと自分で自分が情けない。
これでは厭がる女官の尻を追いかけ回していた好色な兄と何ら変わりないではないか!
緑花は生涯の想い人と自ら定めた娘だ。妻にして一生、どんなことからも守ってやろうとまで思っていた女を、彼は一時の激情に任せて力ずくで抱こうとした。
―許してくれ、こんな形ででも想いを遂げねば、そなた恋しさのあまり予は気が狂うに違いない。
振り絞るように言ったあの言葉は、まさに彼の心情そのものに違いなかった。
だが、彼の中で燃え盛っていた昏い情動が治まったのは、その直後だった。
―殿下、国王殿下。お願いです、どうか、どうか、許して下さい、お止め下さい。
涙を浮かべて消え入るような声で懇願する女を見ていて、ハッと我に返ったのだ。
そのひと言に、身体の芯で滾っていた熱いものがスウと冷えた。それと共に、意識が徐々に鮮明になり、何とか思いとどまる分別と理性を辛うじて取り戻せたのである。
緑花はよほど怖かったのだろう。狼を前にした野兎が逃げてゆくように後ろも振り返らず走り去った。そんな彼女を追いかける気にもなれなかった。
ただ、ただ自分が厭わしかった。王としても男としても、自分は最低だ。たった一人の女が守れぬ男が、どうして万民を守ることができよう?
今になって謝ってみたところで取り返しがつくとは思えないが、とにかく一度逢って、謝りたいと思った。
今日、光宗は懐に玉(オク)牌(ぺ)をひそかに隠し持っていた。以前、緑花に贈ろうと作らせていたもので、薔薇の花を象った翠玉(エメラル)石(ト゜)にむら染めにした鮮やかな緑の房飾りがついている凝った瀟洒なものだ。この玉牌をひとめ見れば、緑花が高貴な人の想い人であることはすぐに知れる。単なる装飾品としての用途だけでなく、身分証明書代わりにもなる。
本当なら、もっと早くに渡したかったが、なかなか自分の意を受け容れてくれない緑花に渡しそびれていた。
緑花は逃げ惑いながら、泣いていた。心底怯え、彼を怖がっていた。
あの恐怖を宿した瞳が、今でもなお、彼の心に灼きついて離れない。
自分は一体、何という取り返しのつかないことをしでかしたのだと自分で自分が情けない。
これでは厭がる女官の尻を追いかけ回していた好色な兄と何ら変わりないではないか!
緑花は生涯の想い人と自ら定めた娘だ。妻にして一生、どんなことからも守ってやろうとまで思っていた女を、彼は一時の激情に任せて力ずくで抱こうとした。
―許してくれ、こんな形ででも想いを遂げねば、そなた恋しさのあまり予は気が狂うに違いない。
振り絞るように言ったあの言葉は、まさに彼の心情そのものに違いなかった。
だが、彼の中で燃え盛っていた昏い情動が治まったのは、その直後だった。
―殿下、国王殿下。お願いです、どうか、どうか、許して下さい、お止め下さい。
涙を浮かべて消え入るような声で懇願する女を見ていて、ハッと我に返ったのだ。
そのひと言に、身体の芯で滾っていた熱いものがスウと冷えた。それと共に、意識が徐々に鮮明になり、何とか思いとどまる分別と理性を辛うじて取り戻せたのである。
緑花はよほど怖かったのだろう。狼を前にした野兎が逃げてゆくように後ろも振り返らず走り去った。そんな彼女を追いかける気にもなれなかった。
ただ、ただ自分が厭わしかった。王としても男としても、自分は最低だ。たった一人の女が守れぬ男が、どうして万民を守ることができよう?
今になって謝ってみたところで取り返しがつくとは思えないが、とにかく一度逢って、謝りたいと思った。
今日、光宗は懐に玉(オク)牌(ぺ)をひそかに隠し持っていた。以前、緑花に贈ろうと作らせていたもので、薔薇の花を象った翠玉(エメラル)石(ト゜)にむら染めにした鮮やかな緑の房飾りがついている凝った瀟洒なものだ。この玉牌をひとめ見れば、緑花が高貴な人の想い人であることはすぐに知れる。単なる装飾品としての用途だけでなく、身分証明書代わりにもなる。
本当なら、もっと早くに渡したかったが、なかなか自分の意を受け容れてくれない緑花に渡しそびれていた。
