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闇に咲く花~王を愛した少年~

第4章 露見

 ぐったりとした世子を抱きかかえながら、彼は漸く柳内官の進言が嘘ではなかったのだと思い知らされた。
 張緑花は、ただの女官ではない。それは今日の彼女を見て、ひとめで知れた。恐らくは刺客だろう。それにしても、彼女の標的は誰なのか。世子を手にかけようとしたからには、世子を邪魔者だと思う一味の仕業だろうが、そんな輩は一人―考えたくもないが、左議政孔賢明くらいしか思い浮かばない。
 しかし、伯父は一見狡猾そうで何でもやりそうに見えるが、なかなか小心で、危ない橋を渡ることはまずない。成功すれば良いが、失敗すれば己れの首を絞めることになる世子暗殺などを簡単に企んだりはしない。つまりは、それほどの度胸もないが、そこまで無謀な賭けに出る愚か者でもないということだ。
 だとすれば、一体、誰が幼い世子を亡き者にしようとするだろうか? 
 光宗は思い当たる人物を一人一人数え上げてみたが、いずれも腹黒いが保身を最優先させる大臣たちばかりで、ここまで思い切ったことをやりそうな者はいない。
 と、彼の中で閃くものがあった。
 一人の男の貌が暗闇の中にぽっかりと浮かぶ。上辺だけは穏やかで柔和な好々爺といった風を装っているけれど、その下にどれだけ怖ろしい素顔を隠し持っているかを光宗は知っている。不敵な笑みを浮かべ、こちらを見下したような視線を寄越す―、それが領議政孫尚善の正体だ。
 派閥を抜きにして考えれば、己れの身を危うくする危険を冒してまでも大それた謀を巡らせそうなのは孫尚善しかいない。
 緑花が何者かの命を受けて王宮に忍び込んだ刺客であるのは確実だが、仮に領(ヨン)相大(サンテー)監(ガン)の意を受けたとすれば、何故、領議政の孫である世子を緑花が狙うのかが判らなくなる。
 唐突にある考えに行きついて、光宗は思わず息を呑む。
 もし、緑花が領議政を裏切ったのだとしたら?
 それは怖ろしい予感を伴って、光宗の心を稲妻のように駆け抜けた。
 もし、緑花が領議政を裏切って世子を殺そうとしたのだとしたら?
 緑花は間違いなく消されるだろう。
 彼女が何故、そのような無謀ともいえる行動に出たその理由は概ね察しがついた。
 他ならぬ自分のせいだ。

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