
闇に咲く花~王を愛した少年~
第5章 闇に散る花
どうせ、この切れすぎるほど頭の回る男には何をどう言い繕っても無駄なことだ。それなら、そろそろ本音を少しくらいは語ってやっても良い。半ば投げやりな気分で誠恵はそう言ったのである。
彼女が口にした、たったひと言がかすかな寒気を彼にもたらしたかのようにも見えた。
かすかに眉を顰めた柳内官に、誠恵は淡々と他人事のように語る。
「私は貧しい辺境の村で生まれた。貧しさゆえに身を売った村の大勢の娘たちがいる一方で、都の両班や王室、国王は私たちから不当に搾取するばかりだ。お前には、民の恨みの声が聞こえぬか? 何故、自分たちだけが安逸を貪り、貧しい者だけが働きどおしに働いても一向に暮らしは楽にならぬのかと嘆く人々の声が。私は威張り返った両班や王族を憎んで育ったのだ」
流石に自分が男であることまでは話せなかったが、柳内官に告げた話はすべて本当だ。
男の自分までもが身体を売らなければならないほど、一家の暮らしは追いつめられていた。
実の父親に酒代欲しさに売り飛ばされた時、誠恵はどれほど都の国王や、両班を呪っただろう。彼等への果てなき憎しみは海よりも深かった。
だが、次の瞬間、柳内官が誠恵に向けた言葉は、彼自身でさえ予期せぬものだった。
「さりながら、そなたは国王殿下をお慕いしているのだろう? 殿下に惚れてしまったそなたが領議政の言うなりに殿下のお生命を奪えるのか? この国にとって、殿下が太陽のごとき存在であることは、もうもそなたにも判っているはずだ。判っているからこそ、そなたは今日、領議政を裏切り世子邸下を手にかけようとしたのではないか?」
「―止めろ!」
誠恵は悲鳴のような声で怒鳴った。
取り乱すあまり、言葉遣いが不自然になっているのにも気付かなかった。
「自分でよく考えるが良かろう。領議政の放った猟犬の役目に甘んじるのか、逆に古狸の喉許に喰らいついてやるのか」
静かな声音と共に、脚音が遠ざかってゆく。
誠恵の眼から次々と大粒の涙が流れ落ちる。
甘い香りが鼻につく。
芳しい香りもここまで濃厚になると、かえって、どこまでも纏いついてくるようで不快にさえ思えた。
彼女が口にした、たったひと言がかすかな寒気を彼にもたらしたかのようにも見えた。
かすかに眉を顰めた柳内官に、誠恵は淡々と他人事のように語る。
「私は貧しい辺境の村で生まれた。貧しさゆえに身を売った村の大勢の娘たちがいる一方で、都の両班や王室、国王は私たちから不当に搾取するばかりだ。お前には、民の恨みの声が聞こえぬか? 何故、自分たちだけが安逸を貪り、貧しい者だけが働きどおしに働いても一向に暮らしは楽にならぬのかと嘆く人々の声が。私は威張り返った両班や王族を憎んで育ったのだ」
流石に自分が男であることまでは話せなかったが、柳内官に告げた話はすべて本当だ。
男の自分までもが身体を売らなければならないほど、一家の暮らしは追いつめられていた。
実の父親に酒代欲しさに売り飛ばされた時、誠恵はどれほど都の国王や、両班を呪っただろう。彼等への果てなき憎しみは海よりも深かった。
だが、次の瞬間、柳内官が誠恵に向けた言葉は、彼自身でさえ予期せぬものだった。
「さりながら、そなたは国王殿下をお慕いしているのだろう? 殿下に惚れてしまったそなたが領議政の言うなりに殿下のお生命を奪えるのか? この国にとって、殿下が太陽のごとき存在であることは、もうもそなたにも判っているはずだ。判っているからこそ、そなたは今日、領議政を裏切り世子邸下を手にかけようとしたのではないか?」
「―止めろ!」
誠恵は悲鳴のような声で怒鳴った。
取り乱すあまり、言葉遣いが不自然になっているのにも気付かなかった。
「自分でよく考えるが良かろう。領議政の放った猟犬の役目に甘んじるのか、逆に古狸の喉許に喰らいついてやるのか」
静かな声音と共に、脚音が遠ざかってゆく。
誠恵の眼から次々と大粒の涙が流れ落ちる。
甘い香りが鼻につく。
芳しい香りもここまで濃厚になると、かえって、どこまでも纏いついてくるようで不快にさえ思えた。
