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sweet poison【BL】

第1章 茜陽一の仕事

「分かりました」

二人は真面目な表情になり、各々自分のデスクへ戻る。

陽一は緩む頬を撫でながら、ノートパソコンに向かう。

しかし耳の奥で、あの声が聞こえた。

『愛しているよ、陽一』

甘く柔らかな声は、未だに鮮明に自分の中で残っている。

震え出す体を抑え付け、陽一は仕事に集中しようとした。

しかしどうしても気が散り、休憩を取ることにした。

工場の現場は父の仕事、陽一は営業を担当していた。

営業と言っても時々駅やデパートで行われる物産展や、ネット販売での受け付け業務を行っていた。

最近ではこういう田舎の物産品が人気になっていて、工場の経営もなかなか良くなってきた。

町ぐるみで行っている為、売れ行きが伸びてきているのは嬉しいはずだ。

「なのに…何でお前の声が聞こえるんだよ」

陽一は軽く頭を振った。

黒く真っ直ぐな髪が顔にかかる。

父親譲りの黒い髪と眼、そして母親譲りの童顔は未だに二十三歳と名乗っても、首を傾げられた。

中肉中背が、余計に拍車をかけていると言っても良いだろう。

明るい笑顔を浮かべると、スーツを着ていても高校生に間違われることがある。

事務所を抜け、建物から出る。

工場の敷地内には中庭があり、昼休みなどはここで過ごす人も多い。

しかし昼下がりの今は誰もいない。

それが陽一にはありがたい。

自動販売機でコーヒーを買って、ベンチに腰かけて飲んだ。

「にがっ…」

普段はあまり飲まないブラックコーヒー。

でもこのモヤモヤした気分を晴らしたくて、あえて買った。

「…アイツは紅茶が好きだったな」

眼を閉じれば浮かぶ、過去に愛し合った人物の姿。

茶色の柔らかな髪に、穏やかな琥珀色の眼をしていた。

ふんわり笑う顔が大好きだった。

しかし思い出そうとすればするほど、陽一の顔に苦渋の色が浮かぶ。

「羽月っ…!」

バキッという音で、現実に戻る。

手の中の缶を、無意識の中で握り潰していたらしい。

変形した缶を見て、悲しい気持ちになった。

「オレは…死にたくなかったんだよ。羽月」

呟いた後、コーヒーを一気に飲み干し、事務所へ戻った。

再び自分の席へつくと、事務員の一人が声をかけてきた。

「陽一さん、ちょっと今よろしいですか?」

「えっええ」

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