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時計じかけのアンブレラ

第6章 花火 2019

「俺の抱き枕はっ!?」

口に詰め込み過ぎたカレーが邪魔して上手く喋れない。
智君は俺が飛ばしたご飯粒を指で拾って自分の口に入れて、それから、俯いて。
手に持った箸をいじりながら言い難そうに続けた。

「……だって、か、かぞっ、じゃん…」

「ごめんなさい?」

聞き取れませんでした。
モグモグと咀嚼しながら訊き返す。

「か、家族?は、違う、かもしんないけど
俺達は二人でパ、パート、ナー、んだから…
長生きして欲しいんだよ…
酒飲んで無理に寝るとか、だめだよ…」

俯いたまま上目遣いで、不安そうに俺を見た。
突然何を言い出すのかと思えば。
もう、この人は。

「しょおくん、オイラより先にしんだらだめ」

小声で言うのを、終いまで聞かずに抱きしめた。
押し付けられてくぐもった声が聞こえる。

「一生そばに、居てくれるんでしょ…?」

「うん」

「もっと自分を大事にして」

「うん、わかった…ごめん…」

言いながら腕の力を緩めた。
俺にこんなことを言ってくれるのは、この人だけ。
仕事のし過ぎを喜ぶ人は居ても、本気で心配して注意してくれる人は、他に誰も居ない。

この人は優しいから言わないけど、きっとわかってるんだ。
俺達5人がそれぞれ抱えながら、気づかない振りをしてきた歪みのようなもののこと。

どんなに普通であり続けようとしても結局は特殊な職業だ。

傲慢に聞こえることは分かってる。
だけど言いたいのはそこじゃなくて。
普通の暮らしが尊い、ってこと。

俺達は、持っていない。
この先、持てるかどうかもわからない。

人と同じでなきゃいけないなんて思わないし。
今の自分たちを否定する気は毛頭ないけど。

ここまで育ててきたグループ。
あまりにも大切なその絆。
ついて来てくれた沢山のファン。
スタッフ。

見本に出来るような存在もない中、ただひたすら、がむしゃらにここまでやってきて。

俺達はグループを大事にするあまりに、普通の暮らしを通して得られる一個人としての人間的な成長を、置き去りにしてきた部分が、多分、ある。

真っ当なことを口に出して言えるのは、この人だけなのかもしれなかった。
誤解されて傷つくのも、いつもこの人。




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