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桜華楼物語

第6章 小袖

いつものように支度をして。
店の表の格子の前に、やれやれと座った途端に。
格子の隙間から私を見つけて目配せする男。

ああ…まただ。

隠しもせずに嫌な顔をすると奥に引っ込み。
女中に裏口に居るであろう男を、私の部屋に通すように告げて。

「久しぶりだな、元気そうじゃねえか。」
入ってきた男は、まるで自分の家のように座りこんで勝手に戸棚を開けて。
酒のひとつも無えのかと呟く。

「あんたみたいな一文無しに飲ませる酒はありませんよ。」
更に露骨に嫌な顔をしてみせる。
男は薄ら笑いを浮かべて、顔を近付けると私の顎を上げて。

「そんな顔をするんじゃねえよ。久しぶりの兄妹の対面じゃねえか…」

そう。この男は私の兄だ。

貧乏人がひしめく長屋で、両親と兄と暮らしていた。
その頃から粗暴な兄だったが、両親が居たからまだマシだったのだ。
不衛生な貧乏長屋は、流行病には弱い。
両親は相次いで無くなり、私と兄が取り残された。

そして更に兄は乱暴なろくでなしとなって。
私に暴力を振るう事で、うさを晴らすような男となっていった。
そしてとうとう、地廻りのヤクザに追われる事となり私を置いて逃げ出したのだ。

逃げたかったのは、私の方だ。
この時を逃したら、私は兄に殺されるかも知れない…。
私もそこから逃げ出した。

逃げ出しても行くあては無く。
農村に潜りこんで野良仕事を手伝い駄賃を稼いだり。
ひもじさに縁日の屋台の売り物をかっぱらったり。
その様子を見て、声を掛けて来たのは。
各地を回って女を探す、廻り女衒だった。

そうして私は、吉原に辿り着いた。
兄との暮らしに比べたら、遊女の方がどれだけ人間らしいか。
そこそこ、客も付いてきて。
格子の中に座る頻度も増えてきた時に…。

とうとう、兄に見つかった。
見た目にも明らかなカタギじゃない兄に。

それからは、思い出したように来ては。
私の身体で得た金をせびるのだ。
以前のように、私に暴力は振るわない。
顔や身体に傷を付けたら、商品価値が下がるから。

断りたくても断れない。
そんな弱味を兄に握られている…。

その為に私は、ありったけの罵詈雑言を吐き出しながら…金を与えている。

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