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桜華楼物語

第7章 紅

吉原の中にある自身番。
後ろ手に縛られた遊女が座りこんで。
真昼間の往来で男を追いかけて。
その腹に、包丁を突き立てた。

紅は、吉原で生まれた子だった。
桜華楼の遊女だった母親は、馴染みの男の身請け話を信じて覚悟の子を孕んだ。

しかし、遊女として酷使された身体は耐えられる筈も無く…新しい命と引き換えにその命を終えた。
子を残して亡くなったと聞かされた男は、その骸にも自分の子も見ずに言い放った。

「俺の種だって証拠はどこにある?」

その子は桜華楼の…吉原の子として、遊女達に育てられた。
その子が成長して、やがて紅という遊女になったのは自然な成り行き。

良い客も付き、身請け話もちらほらあった。
どんな良い条件でも、首を縦に振らず。
吉原から出る事を頑なに拒むのは、吉原に育てられた恩を感じているから。

そして…
雲を掴むような、でも強い思い。
吉原に居れば、自分と母を否定した男に巡り会えるのではないか…。

その思いは、紅の心の内に秘められて。
決して、表に出る事は無かった。

もし、その男に巡り会えたなら…。
自分はどうなってしまうのかわからない。
でも、言いたい事はひとつある。

私は、あんたの娘だよ…


自身番に使いの子者が駆け込んで来た。

養生所に運ばれたあの男は…
痛みにのたうち大量の血を流して助からなかったと。

それを聞いた紅はふと顔を上げて。
乱れた髪の間に見える瞳は、遠い空に向けられ。

ざまあ…みやがれ…

堪えきれないように笑みを浮かべる。
その顔はぞくりとするような…それでいて妙に潔いような…。

見た事のない美しさであった。

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