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桜華楼物語

第7章 紅

牢の中はわずかな明かりだけで、薄暗く。
布団代わりのムシロに横たわり、じっと壁を見つめている。

紅は母の事を考えていた。
母の記憶は何も無いけれど、周りの遊女達からどんな人間だったかを聞かされて育った。

母さん…
こんな私を見たらどう思うかな…
大それた事をしたと泣くかな…
それとも、よくぞ遺恨を晴らしたと泣くかな…

あの男は、ほんとに下衆野郎だったよ。

四つん這いの私に被さり、犬みたいに腰を振って突き上げながら叫んでたよ。

ああ…いい塩梅だ…
いやらしく絡みついてきやがって…尻を叩かれてこんなに締め付けやがる…
ここの店は昔から…淫乱揃いでたまらないねえ…

お前を見て昔ここに居た女を思い出したよ…
あんまり具合がいいから…ちょっと身請け話をしてやってたら…
俺の子が欲しいなんて言いやがったっけ…
とんでもねえよなあ…全く…
それでどうしたっけな、その女…
まあ…どうでもいい事だけどな…


母さん…
雲を掴むみたいな思いも…思い続けたら叶えてくれるものかねえ…
何日も何度も、あの男は私の中に忌まわしい種を撒き散らしたんだ…
こんな私も…もう畜生だ…

やっと、心に仕舞ってた言葉が言える…

逝き果てて大の字になっている男を見下ろして言ってやった…


私は…あんたの娘だよ…


男は薄眼を開けて私を見ると吐き捨てるように言ったんだ。

ああ…? そうだとしたら、面白れえな。
父親にハメられて尻を振るか…そんな畜生なら確かに俺の種かも知れねえ…

そう言って、笑ったんだ。

男が着物を着ている間に、私は包丁を取りに部屋を出たんだ。
店を出て歩く後姿に向かって…走ったよ。

振り向いた男の顔は忘れない…
包丁ごと体当たりした感触も…

母さん…
私はあの世に行っても、きっと母さんには会えないねえ…

私が行き着く先は
母さんの居る天国じゃないからね…きっと。


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